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Nikkieがカムアウトをしなくてもよかった世界へ

美容YouTuber界の重鎮、NikkieTutorialsが、トランス女性であることを自身のYouTube動画にてカムアウトした。

Nikkieはオランダ出身のビューティーYouTuber。2008年にYouTubeアカウントを開設し、2020年1月15日時点でフォロワー1290万人、インスタグラムのフォロワーも1340万人を超える世界的インフルエンサーだ。


2020年初の投稿となったこの動画。いつもの挨拶の直後から「いつかみんなに話そうと思っていたことを今日話します。自分のタイミングで話そうと思っていたことだけれど、その機会を奪われてしまった。だから今日、自分のものとして取り戻して、みんなにも伝えようと思います」と切り出した。


物心着いた時から女の子として生きてきたというNikkie。髪も短く、トラウザーパンツにTシャツを着ていることに違和感を持ちながら、ネイルやバービー人形の髪の毛で遊んでいたという。母親はNikkieの本心にすぐ気付き、今日に至るまで協力的だった。Nikkieは14歳でホルモン投与を始め、成長を止めた。その後19歳までに性転換を完了させた。性転換の過程で、現在のアカウントでYouTubeを始めた。

動画の中でNikkieは、恋人であるディランについても感謝の言葉を述べた。

2019年8月に婚約をした2人。シャイで大人しそうな雰囲気の彼だが、Nikkieの動画やインスタグラムにもたびたび登場するなど、仲睦まじい様子をファンに公表していた。

真実を打ち明けることが非常に恐ろしいこと、でもいつか必ず話さなければならないということ、自分を受け入れてくれた恋人、家族、学生時代の教師への感謝を伝える彼女。そして動画を見ている全ての人に、力強い決意表明をした。


「1つだけ、どうしても伝えたいことがある。私は私。私はNikkie。何も変わらない。私を信じられなくなったり、以前と違う目で見たり、私が変わったと思ったりしてほしくない。何が起ころうとも、私はNikkieのまま。それは変わらない」


「私のチャンネルで一番大切にしていることはメイクへの愛。私がトランスであることを今日まで話さなかったのは、私のチャンネルは、私のアートのためのものだから。私は私をアートで表現したかった。だからどうか、私が今日まで何も話さなかったことを理解してほしい」


「私を私としてみてくれる世界を作りたかった。女性として、女の子として、ボス・レディーとして」


「こうして打ち明けることになったけど、振り返ってみると、私の人生は美しい。自分の人生が誇らしい。もう隠さない、もう秘密なんてない。今この瞬間から、私とみんなの関係はもっとオープンなものになる。やっと心の準備ができた」


動画の最後に、Nikkieはカミングアウトがなぜ今日このタイミングだったのかを説明した。とある人物から、Nikkieの過去をリークし、暴露すると脅迫されていたという。


「こんなにも悪意を持っている人がいること、他人のアイデンティティを尊敬できない人がいることが、ただただ恐ろしかった。彼らは、私がみんなに嘘をついている、本当の自分を知られるのが怖いと思ったんでしょ、私は怖くなんかない」


「この動画もきっとみてるんでしょ、私の人生をめちゃくちゃに出来ると思ったアンタへ、これをあげる」と彼女は中指を突き立てた。

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この動画は日本時間2020年1月15日時点で2300万回以上再生され、インターネット中が驚きで包まれた。
コメント欄にはポジティブなコメントが寄せられ、インスタグラムやツイッターでも多くのスターやブランドが彼女の勇気を賞賛している。

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ハウス・ラバトリーズ(レディガガプロデュースのコスメブランド)「あなたが真実を告白したことを誇りに思う! 愛してる」

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アリアナ・グランデ

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ジェフリー・スター(メイクアップアーティスト、美容系YouTuber)「あなたの才能も勇気も本当に素晴らしい! 愛してる、そしてあなたの友達であることが誇らしい」

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ケシャ(歌手)「あなたは本当に強くて、ゴージャスで才能のある女性、女王だよ。この動画を見て私は泣いたし、嬉しく思う。あなたは私たちに見守られ、受け入れられ、愛され、尊敬されている。クールなレインボー、そのまま輝き続けていて」

頑なに、カミングアウトをしてこなかった

レディ・ガガやベッキージーなどとも動画で共演し、YouTuberとして確固たる地位を確立しているNikkie。恋人や家族との時間も充実して、キャリアも私生活も順風満帆な人生を歩んでいるように見えていた。

ゴシップタレントのカイリー・ジェンナーや、同じくインフルエンサーでもありコスメブランドも手がけるジェフリー・スターなど、派手なプライベートを赤裸々に公開するスターが美容業界には多い中、Nikkieはプライベートをあまり大体的に公表せず、公私を切り替えているタイプだった。


そのため、ファンでさえ、気づくことはおろか、疑いすらしなかった。コメント欄でも「カミングアウトの文字を見て、もしかしてレズビアンなのかな?と思った。動画を見てビックリした」というコメントに多くの同意が集まっている。


それは、単に「彼女の見た目が完璧に女性だから」ではない。


世界中で人気のビューティーインフルエンサー、俗にBeauty Guruと呼ばれるスターたちの多くがゲイであったり、トランスジェンダーだったりする。そして彼ら、彼女達の多くがオープンリーにカミングアウトしている。そんな、過去を乗り越えてメイクの楽しさ・美しさを自分らしく表現する彼ら、彼女たちに、いま多大な支持が集まっている。ファンにとって、カミングアウトを受け入れることはごく自然なこととなっていた。だからこそ、「メイクの女王」と呼ばれるまでのNikkieが長いキャリアの中で今まで何も語らなかったことに、誰も疑惑の目すら向けていなかった。


また前述の通り、Beauty Guruは派手な私生活を過ごすことが多く、当然ゴシップがつきものだ。トップ層になってくるとインフルエンサー同士のコミュニティも狭く交流も活発で、仲違いやビジネス上の不一致などでビーフ(言い争い)が起きることも頻繁にある。もちろんNikkieが火中になることもあったが、彼女とはもう関わらない、と宣言したインフルエンサーでさえ、彼女のバックグラウンドを話すことは一度もなかった。


アカウント開設から10年以上。何も表に出なかった。それほどまでに彼女は隠し通していた。


動画内でNikkieは、「やっと解放される、やっと自由になれる」と清々しい表情で語っている。本当の自分を世界に知らせる覚悟ができている顔つきだった。多くのファンは喜び、友好関係にあるスター達は彼女の勇気を賞賛した。インターネット上のその空間には、人の血が通った温かさがあった。私たちが生きている2020年は、離れていても手と手を取り合い立ち上がる力がある時代だ、と強く感じた。


カミングアウトをしなくていい世界へ


しかし、Nikkieの過去が光を浴び、彼女を自由にした事実がある上で、それを強要した純粋な悪意があったという闇もまた色濃く映される。私たちはこのカムアウトを両手放しで喜んでいいのだろうか。Nikkieは「このタイミング」で打ち明けることを望んではいなかった。その蓋を開け世界に踏み出す瞬間を決める権利は、12年にも及ぶ長いキャリアのなかで悩み、苦しみ、葛藤してきた彼女以外の誰にもない。


彼らが、彼女たちが、自分が自分であることを明かすリスクや精神的負担の大きさは、心と身体の性が生まれつき一致しているシスジェンダーの人々とは比べ物にならない。そもそもシスジェンダーの人々は、自分が自分であることを明かす必要性がない。ありのままであることが、「普通」として世に蔓延っているからだ。だがトランスジェンダーの彼らは、彼女たちは、心と身体の性の不一致を、あるいは一致させた過程を、アイデンティティを証明せよと迫られ、証明できないことは偽りであると責められる。


Nikkieの勇敢さと覚悟を讃えるのはもちろんのことだが、何年も心の奥底にしまい続けてきたプライバシーをゴシップのネタとして強請るという非情な行為を、私たちは絶対に許してはいけない。


善も悪も入り乱れた多くの視線の中で自分の過去をさらけ出し、人々に勇気を与えたという意味で、Nikkieやそのほか多くのBeauty Guru達は勇敢な「先駆者」である。だがしかしそれは、全ての人に強いられるべきではないのも明らかである。Nikkieが自分のタイミングで自由になれなかったことを、繰り返したくない。


Nikkieの受けた被害と覚悟ある対応を単なる美談で終わらせてはいけない。もちろん現在の私たちは、連帯し、互いを支え、称え合うフェーズにいることは間違いない。しかしその先に、カムアウトを強いられないことはもちろん、いい意味で誰も相手のジェンダーやセクシュアリティに干渉しない世界になればもっと良いのではないかと思う。Nikkieの勇気ある行動を受けて、明日を変えていくのは私たちだ。

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