鬼ずかんep1『現し世のある現実』
へたり込んだ地央には悲しみと虚しさしかなかった。
力なく見上げると、そこにはイヤなオーラを放ち、冷酷な目をした父の与志が立っていた。
与志の向こうに見える窓をもうろうとしながら見ていると
「なんだその目は!!」
ビンタ…そして蹴る。何回繰り返すんだろう、
息ができなくなる。。
苦しい…とのたうち回っていると
「お前は弱すぎるんだよ!
まだ殴られ足りないんだ!」
与志の目が光る。
またくる!地央が頭を抱える、もうやめて…
心の中で何度言っただろう。。
意識が遠のく…
…薄明りで目が覚める。首が痛い。何回ビンタされたんだろうか。
物置場に放り込まれていた。鍵は外からかけられている。
(いつも閉じ込めるんだ。反省するまで。
いつものパターン。
何を反省するの?
いつもわからない。
パパは教えてはくれない。)
この物置はふだん使わないものを雑多と入れておくところなので、照明はない。
古くなった自転車、部屋に入らなくてそのままぼろになったソファ、汚い布、ペンキ、ワックス、釣り道具、、、
明かりといえば扉の隙間から差す自然光か街灯だけなので、いつも暗くなんだか怖い。古くて建付けが悪いおかげで昼なのか夜なのかくらいはわかるが…蜘蛛の巣もはってるしカビ臭い。
(いま何時だろう…学校から帰って、宿題開いて、ちょっと寝てしまって…気がついたら帰ってきてて、お酒飲みだして、始まったんだ。
もう18時?19時くらいかな)
街頭のあかりが隙間から差し込む。
…このパターンは、ほとんど毎日のように
与志が仕事から戻ると始まる。
きっかけは様々だ。
食事の時、お風呂に入る前、与志にお酒がはいった時…
「なんだその目は!!」
から、だいたいはじまる。
母親は何をしてるのかというと
止めには入らない。いや、入れない。
母・日代美もまた夫の与志に怯えていた。
弱々しく殴られ続ける地央にも苛立ちを覚えていた。
「…」
母の日代美は物言わず傷つき横たわる地央を見下ろす。
憐れんでいるのか、さげすんでいるのか、
その目は感情なく曇っている。
与志が気を失った地央を背負って部屋を出ていった。
(また物置場に連れてくんだ…)
(与志は地央を憎んでる。与志は与志のお父さんのことも憎んでるって言ってた。。何があったかわからないけどダブるって言ってたこともある。でもあそこまでしなくても…)
「地央も13になったんだから逆らえばいいのに…!めんどくさい…」
…
長い長い時間。ひたすら鍵が開くのを待つだけの。。
(…誰も助けにこない。このままぼくが餓死した方がパパは喜ぶのかな…ママは無関心なままなのかな…)
はあ、とため息をつくと
カチャッ
「え?」
ふあ…
ドアが開いた。
恐る恐る外に出てみる。
…誰もいない。
「パパ?」
「ママなの?」
まず人の気配がしない。
(鍵閉め忘れたのかな)
ふらふらと歩き始める。
(うちには帰りたくないな…でも行くところもないし)
地央の家は古い社宅である。
何かあるとすぐ広まるくらいコミュニティは狭い。地央が叩かれてることも、もうすっかり噂になっている。
(仕方ないから家のドアの前で待ってみよう。また殴られるかもしれないけど…ひょっとしたら部屋に入れてくれるかもしれない)
もそもそと歩き始める。
物置場は団地風の社宅の敷地内にある。
何棟もある、築50年ほどの古い3階建ての社宅。
地央の部屋は道路側の棟の301だ。3階まで階段でゆっくりあがる。
…2階の踊り場におばあさんが立っている。
壁に向かって立っている。真っ白い髪の毛を後ろに結ってる。着物を着て。。いつもそこにいて何かをつぶやいている。地央には見える。
(このおばあさんはもう生きてない…ごめんね、いつも知らないふりで)
よたよたと3階にあがる。
我が家が見えてくる。ここはいつもどこか薄暗い。
この建物全体、空気がもっさりしてる。
ドアの前に座る。
ワンフロア2世帯、お隣さんというよりもお向かいさん。
お向かいさんは同級生の家族が住んでいる。
地央をいじめる男子が住んでいるのもあり、与志の人付き合いの悪さもあって交流はほとんどない。
(お向かいに見られたら嫌だけど…)
与志も日代美も家の中にいる。今頃夕食でも食べているだろう。
地央に兄弟姉妹はいない。つまり、この扉を開ける者はいないのだ。
いつか与志か日代美が開けてくれるだろうことを願いながら…
(あしたになったらパパもママも優しくなってますように…)
季節は4月。まだまだ夜は肌寒い。でも物置場にいるよりはましだ。
地央の目には涙が浮かんでいた。
そのままうずくまって眠りについた。
…
「…おい」
「…おい。起きな」
「地べたで寝込んでたら体悪くするぞ」
地央が目覚めるとすっかり夜になっていた。
ふしぶしの痛みに耐え、顔をあげると
そこには奇妙なピエロが立っていた。
【続】
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