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鬼ずかんep5『日代美の苦難』

与志の機嫌がすこぶる悪い。

帰ってきてずっとビールを飲んでいる。

会社で何かあったらしい、ブツブツ聞こえないほどの文句を言い続けてる。

さらに悪いことに、地央の帰りが遅いのも手伝ってかなりイライラもしてる。

(ずっとこんな感じだったな、今まで。良かったのはほんのつきあい初めだけで…与志は徐々に本性を現し始めた。穏やかな人だと思ってたのに…)

カチャカチャ

鍵を開ける音。

悪いタイミングで地央が帰ってきた。

時間は18時を回っていた。

カチャ

「ただいま」

「おかえり!」わざと元気よく日代美が返すと同じタイミングで…

「何やってたんだ!」

…ああ、始まる。今日は特別悪い予感がする。

「あ…あの、友達の家にお見舞いに…」と言ったか言わないかのうちに

パーン

平手が飛ぶ。地央が背中から倒れる。

(まずい、、)

「やめて!!」

思わず日代美が止めに入るが、与志がすぐさま別部屋に地央をひきずっていくところだった。

(このパターンは、本当にまずい)

「やめてよ!もう、こんなのやめて!」

「なんだと…俺は親としてやってるんだ!」

日代美が地央にだきついた。

「やめて…!」

ゴッ

日代美の脇腹に鈍い音が走る、痛みも…

「パパやめて!ママ、ぼくが悪いんだから…」あえてひきずられようとする地央。

ここでいつもなら日代美は手を離すのだが

今回は引き下がらなかった。脇腹の痛みを押さえながら… 

「こんなのなんの意味がある?あんたは地央に八つ当たりしてるだけでしょ!」

「なにぃ?お前に何がわかる…」地央から手を離さない。「わからないやつは引っ込んでろ」

ゾク、とした。もう止められないと思った。

このままじゃ地央の命が危ない。

連れて逃げなきゃ、とも思った。

きっと追いかけてくるだろう、与志はしつこいから。

いっそ地央とふたりでどこか飛び降りようか…

もう日代美は限界だった。

暴力にまみれた生活。

与志に力で勝てない奴隷のような毎日。

強がってはいても、心はもう悲鳴をあげていた。

(わたしも地央に何度も手をあげた…それも意味もなく。手をあげなくても話せばわかる子なのに)地央の優しい性格はわかりすぎるほどわかっている。。

日代美もまた、親からの暴力を受け続けてきた幼少期だった。父からは力の、母からは言葉の。父は母にも力でねじ伏せていた。母は抵抗しなかった。そんな両親がほとほといやになって無理矢理家を出た。その後与志と出会い逃げるように結婚した。

だから、まともな家庭というものを知らない。

(そんなのテレビの中のお話でしょ)

と信じて疑わなかった。

でも。

やっぱりだめだ。我が子がこんな目に合うのは、やっぱりだめなことなんだ。 

(もうわたしはどうなってもいい)

「与志!」

日代美が与志にとびかかった。

あまりの勢いに与志の手から地央が離れる。

そのまま与志の手が日代美につかみかかり

押さえつけて殴ろうとしたところだった。

「地央!!逃げて!あとから追いかけるから!こんな家、もう逃げて!!」

日代美は泣きながら地央に訴えた。

地央は固まっていた。

(ぼくだけ逃げるわけにはいかない…!!)

「ママを離せ!!」 

初めてだった。こんな言葉を発したのは。

今まさに日代美を殴ろうとしていた右手がぴたりと止まった。

「は?お前今なんて言った…?」

じりじりと与志が地央にせまる。

そのスキに日代美が地央の右手をとり、走り出した。

廊下を走り、

鍵のかかっていない玄関のドアをなんとか開け、

二人分の靴をだきしめた。

階段を思いっきり駆け下りて

一気に下まできたところで

3階を見上げる。

与志は3階から見下ろしていた。

とてつもない怒りと、なんとも悲しい顔をしていた。

日代美の背中に悪寒が走る。

「地央!逃げるよ!」

「逃げるってどこに?」

「おいで!!」

とにかく二人は走った。

靴は途中で履いた。

もうあの家には絶望しかなかった。

戻るつもりもなかった。

歩きなれた道を走り、大きな通りに出て

後ろを振り返り振り返り、

与志が追いかけてくるんじゃないかと気が気でなかった。

地央もなんとかついてきている。

とにかく走った。

走って走って、、もう足が限界に近づいた頃

ふたりの目の前にトンネルが現れた。

(あれ…?こんなトンネルあったっけ…)

不思議な雰囲気のトンネルだった。

明かりもしっかりついてるのにどこか暗い。

でも怖いわけでもなく、なにか引き込まれるような。

(隣町へ抜けるってこと…?)

日代美は怪しみながらも地央の手を引いた。

引き寄せられるようにどんどん歩いた。

「やっぱり来たな」

後ろから声がする。

振り返ると、いつしかのピエロがいた。

【続】





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