藤原

散文。映画を学び、小説を書いています。文芸誌「空地」に参加しています。 連絡先fuji…

藤原

散文。映画を学び、小説を書いています。文芸誌「空地」に参加しています。 連絡先fujiwara.takahiro2477@gmail.com

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  • 小説

    僕が書いた小説です。

  • 空地

    参加している同人誌「空地」に寄せている原稿です。

最近の記事

『春風』(新潮新人賞応募作品)

数年前に千葉県の松戸と市川を繋いだ外環道は、千葉と東京を繋ぐ国道十四号を挟んで隣の通りの地下を潜っている。僕は大したことのない大学の付き合いの飲み会の帰りに最寄の一つ手前の駅で降りて、冬の深夜のその冷たく湿った地下道の、狭い歩道とも言えない段差の上を歩いている。数年前にこの外環が出来たおかげで一駅前から歩く道は何種類かに分かれた。何か疲れたことがあると、僕は何となく遠回りして歩く習慣が中学から東京の一貫校に進学して電車通学になった十二歳の頃からある。僕は大学に進学するまでは

    • セイリング・デイ(掌編小説)

       漂流して、かなりの時間が経った。随分前に大陸は見えなくなったが、新聞カモメが来なくなったということは、もうあの港町の海域から外れたということだ。食糧の乾パンと塩魚缶はまだある。煙草も切れていない。ただ心配なのは港町の海域から外れたことで、突然の暴風雨に降られる可能性が出てきたことだ。そんなことになったら、食糧を守れないどころか、こんなチンケな小舟など水没してしまうだろう。  僕はマスト下の収納箱に隠しているバラのジャムを取り出して、少し指先で掬って舐めた。このバラのジャムを

      • 2024.8.24 夏・断片

        暫く原稿の為に保ってきた生活習慣を、久しぶりに会った友人と徹夜をしたせいで、崩してしまった。朝に目が覚めて、外で煙草を吸うと、もう日は上がっていて、空は青すぎるし、緑は色が激しくて、そのキツい彩色が嘘みたいだなと思う。煙草を吸っているだけで汗が出てくる。真夏のピークが過ぎ去って、何回もこれから台風が来る。やはりそれは嘘みたいだと思う。 「本当の言葉は究極的な理解を求めていて、そしてその理解を永遠に拒絶している」という要旨のことを誰かが言った、らしい、ということを目覚めにツイ

        • 2024.7.23 GOD SAVE (FU◯K)THE WORLD

          こんなに暑いと、あの日の夏の予感みたいなものは嘘だったのだろうか、と訝しむ。 夜になっても気温は下がることはなくて、先に降ったスコールとこれから降るスコールの合間の湿気で、纏わりついている。 纏わりついているのに淋しいのは、多分久しぶりに君の街に降り立ったからで、それも君に用があるからでなくて、隣町に用があって待ち合わせまで時間があったから歩いただけだ。 夏が何度となく来て、枯れて燻んでいく紫陽花を何度となく見慣れたような気にもなって、それでも思い出すのは、思い出すことだけが

        『春風』(新潮新人賞応募作品)

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        • 小説
          14本
        • 空地
          6本

        記事

          遠くなるエモ(掌編小説)

           大体それは、酔っ払って、酔っ払いすぎると眠れなくなるから、そんな夜明けごろのことだった。といっても、家で君と酒を飲んでいたから、終電なんていつものキッカケが時間を教えてくれなかっただけ、と言ったらそうなんだけど。でも、眠っていたのかな、気絶していたのかな、気がついた時には外は白んでいて、少し雨が降っていた。僕は、夕立って気温差で起こるって中学受験で習ったから、朝にも、それはもちろんスコールみたいな強さはないけど、降ることもあるんだなって思った。  君は布団に眠ったままで、メ

          遠くなるエモ(掌編小説)

          2024.7.11 squall

          夕方、スコールが降り、雷の音が、薄ぼんやりとしていた現実と虚構の間の意識の中に入り込む。外に出るのも面倒で買った電子タバコの煙が充満しているのに構わず、新しいものを温める。吸いながら、換気をしようと窓辺に近づいて、水滴が西向きの窓に張り付いていることに気が付く。 スコールが止んだ後、厚い灰雲の隙間から紅い西陽が差し、その雲を焼いている。それを見て、明日もまた強く晴れるだろうと思う、円柱の熱い空気を身体に押し付けるようなそれは奴隷に烙印を押すのと似ている、それでいて、それは明日

          2024.7.11 squall

          2024.6.20 黒猫

          部屋のカーテンの外の空が白み始める頃に、一晩居間で寂しがっていた家猫を一頻り撫で回し、それでも足らないようなので、抱き上げ、やはり苦手なようで猫は降りたがり、猫が飽きたのを見計らって、外に出た。 寝起きというものは時間の感覚が不確かなようで、煙草を吸いに外に出るともう朝焼けが始まっており、彼はもう長いこと眠れずに暮らしているので、その朝焼けには何も思わなかった。ただ、それは夕暮の赫ではない、というだけのことだった。 朝焼けの色を確かめるには家の裏が東であり、寝巻きのポケットを

          2024.6.20 黒猫

          2024.6.2 缶コーヒー

          明るい雨天の午後の下りに、疲れていたのか、本を読みながら寝ていたようで、強くなった雨風の音で目が覚めた。 連休のない身分にとって、平日の大学の隙間時間にも作業するとはいえ、束の間と思える休みでも、何らかの作業の進捗は欲しいところだったが、それは起きて煙草に火をつけた時には、もう無理だろうという気だった。 近頃は随分と日が伸びて、冬の憂鬱など去ったような春だったが、それも過ぎて、気だるい夏がやってくる、それを確かめさせる梅雨の気配が天気にも自分の気分にも張り付いている気がする。

          2024.6.2 缶コーヒー

          プールサイド(短編小説)

          初夏の深夜、散った春の花々とかつての冬に落ちた枯葉の積もった五十メートルプールのサイドに僕は立っている。梅雨明けの掃除を待つプールは虫たちの棲家になっていて腐った匂いがする。一ヶ月もすれば子供たちが虫を取り、二ヶ月もすればその観察も忘れて嬌声と飛沫が上がる。街灯もクラクションも酷く遠く感じる。 僕は去年の夏の始まりから一ヶ月も生きられなかった夏祭りの金魚の死体を、この頃気温が上がったせいか水槽を密封していても部屋に匂いがするようになったので、捨てに来ている。君の名前を付けた夏

          プールサイド(短編小説)

          君の側に(短編小説)

          すべての場所に行き終えた夜に、僕は細く長くそして深い湖の畔のベンチに座っている。その木製のベンチはささくれ立っていて古いデニムに引っかかる。 ベンチに座る僕と湖の間の落下防止の低木が植えられている。それに雪が積もっている、と思ったら、それは初夏の季節の白いツツジが満開に咲いているだけだった。深い沈黙の夜にそれは薄くぼやけて見える。  風の合間に湖畔に植えられた高木が音を立てるのを止めた時、僕はいつかの鮎子のことを思い出す。  鮎子は赤いカーディガンを着ていてそれに黒く伸び放し

          君の側に(短編小説)

          モーニングコール(短編小説)

          大型連休の中の平日の明るい雨天の夜明け頃だった。 昨日の夜に退屈すぎて二十時に寝たせいで早く目が覚めた僕は部屋の窓を開けて雨の音を聞きながらフォークナーの長編小説を読んでいた。 年度末の新人賞の締切を終えて久し振りに読書するには骨のある小説で随分楽しい読書だったが、窓から流れ込んでくる東京の湿気と一九三十年代初頭に書かれた南北問題はまるで関係がなかった。 それは僕が十代の間に海外文学を好んで読んだ理由だとも言えた。 僕は今は二十二歳だった。 まだ大学生で、通う大学には

          モーニングコール(短編小説)

          中村一義『春になれば』が出た頃に(音楽レビューエッセイ)

          桜の開花情報が出て、その情報は一分咲きから二分咲きに更新され、僕はそれを実際に確認することもできない日々の中で、目の前のことが落ち着いたら目黒川に行って桜でも見たいな、と思っていた。 目黒川の花見は高校の近くだったこともあって、よく行った。 疫病が蔓延してからは売店などが無くなったらしい、今ではやっているのだろう、あの焼き鳥やイカ焼きを高校生の時は高くて買えなかった、しかし桜はその数年の間にも構わず咲き続けていたのだろう。 このところの生活といえば、部屋に篭って小説の新

          中村一義『春になれば』が出た頃に(音楽レビューエッセイ)

          2024.3.5 トパーズ、アジサイ、撮影

          僕は今、住む千葉のベッドタウンから新宿を挟んで等距離にある西東京の友人の家の友人の自室の端っこに座っている。 その椅子は普段は置かれていないらしく、僕のために友人である彼が用意してくれたもので、キャンプ用の折り畳み椅子だ。 それは僕の家にあるものと構造は一緒で背もたれの動かし方も分かる。 だけれど、僕はその家にあるやつはキャンプに行ったことがないから家でのんびり煙草を吸ったり本を読んだりすることにしか使ったことがない。 今思い返したけれど、最近暖かくなってきたからあの

          2024.3.5 トパーズ、アジサイ、撮影

          2024.3.3 原稿とシーズー

          何気ない一日だったからパソコンを持っていなかった。基本的な作業はパソコンで済むから隙間の時間などあればパソコンで何かすればいいのに、僕は、出来るだけ荷物を減らしたい、作業するなら僕の二階の角部屋で机に向かわなければならない、といった心持ちのせいで、大学にも持っていかなかったりする。 時刻はAM4:35で、それを確認する為の時計が何処にあるのか分からない、携帯の充電が切れそうで、座っている椅子の横には犬が寝ている。 それはどうということも無くて、日付で言えば昨日に友人宅で集

          2024.3.3 原稿とシーズー

          ロールキャベツとホットワイン(短編小説)

          何処かの方角が少し明るい、そしてそれは仕事を終えたのだから西のはずだ、と僕が気付いたのは、雨戸を開けたままのアパートの薄暗がりの中にいたからだった。 君が帰ってくるまでにかなり時間がある、君は最近はやっと見つけた医療系の職場でカルテが電子管理になる変更があるのでその業務に当たらなくてはならないと残業が続いている。 地方ではまだカルテを手書きだったのか、と僕は少し驚いたけれど、それを言うにも、君は慣れないでいるさして興味のない仕事に疲れた顔をしていて、その話を打ち切りにした

          ロールキャベツとホットワイン(短編小説)

          郊外にて(短編小説)

          一週間前に首都圏に降った雪は残雪になり、やがて溶け、後に春先の予感が残ると思われた。 確かに日中は労働者用のダウンは少し暑い、山田はネッグウォーマーを朝に玄関先で少し迷った後に脱いだ自分の季節の感覚を正しいと思った。 首都圏から少し離れた、ベッドタウンとも言えない郊外の工場の警備員アルバイト、それは何時もの派遣会社の仕事ではなく、知り合いに頼まれた穴埋めの仕事だった。 穴埋めの仕事であること、そこで働く百余名の人数の中で山田が珍しく若者であること、それを抜きにしてもその

          郊外にて(短編小説)