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大和俗訓 巻之五 言語



 言は、心の聲なりと古人いえり。
人の心の内にあること、言によりて外に出づ。
一言妄りに発すれば、駟馬も追いがたし。
善きことも悪きことも、皆、口より出づ。
口を慎めば、過ち少なく、恥辱なく、禍なし。
故に、人の身の慎みは、口を慎むを、第一の力とす。
言おおければ、口の過ち多く、人に憎まれ、禍おこる。
慎みて、多く言うべからず。
殊に、人を誹るは、莫大の悪事なり。
戒めて、人の非を言うべからず。



 易に、心を安んじて、後、語るといえり。
人に物いわんと思わば、先づ、わが心を安く静かにし、思案して、言い出すべし。
かくの如くせば、言の過ち咎めすくなかるべし。



 人に對して、言葉を出すに、事によりて道理を云いつくさず。
意を内に含み、ことばを残せば、言に餘味ありて、人感服して順い易し。
人を諌めるにも、辭烈しからず、氣象・和順にして、微め成して言いて、其の人の過悪を指し露さず。
是れかえって、人の心を感ぜしむ。



 言を愼みて、一言を出すにも、よく思案して、物をいえば、言語は、自らすくなくし、無理に口を閉じて、いわざるにはあらず。



 言をば、必ず、信にすべし。
かりそめの少しなることにも、偽るべからず。
其の事は、少なりとも、心を害する咎は、大なり、誠の道を失えばなり。
故に、萬のこと、美しくとも、偽りをいうは、人にあらず。
わが心の神は、則ち天地の神なり。
恐るべし。
心に偽りとしらば、言うべからず。
偽りとしりて、わが心を欺くは、罪深し。



 人と約束をなさば、必ず、其の信を固く守るべし。
一度約したることを違えば、人にあらずと思うべし。
若し、其の契約、義にかなわざることか、又、力の及びがたきことにて、後に約を守りがたからんと思わば、豫て約をなすべからず。
軽々しくうけあえば、其の約たがう。
愼むべし。
論語に、信近義則言可復也といえり。
人と約束したること、首尾違はざるようにせんと思わば、約すること、義理にかなえば、うけ合いたる言の如く行いとげられて、偽りなくして、首尾相違せずとなり。



 過ちを恥ぢて、偽り飾るべからず。
是れ、心を欺き、人を欺くなり。
既に、わが過ちあらんは、すべきようなし。
誤らば、直ちに言い表すべし。
隠して偽りかざるべからず。
誤りて、又、人を欺くは、誤りを重ねるなり。
いよいよ罪ふかくなる。



 言を出すに、其の言、躁しからず、穏なるは、其の心の修養あるなり。
もし、言を出すに、躁しく険しきは、心の修養なしとしるべし。



 人過ちありて、もし、諫むべき人ならば、目前にて、其の過ちを諫め、陰にては、其の過ちをいうべからず。
目前にて諫めず、陰にて誹るは、後憂し。
漏れ聞こえては、其の人の恨みも深し。
面前にて順い、退きて後言するは、聖人の誡めなり。
晋の世の崔浩と云いし人は、目前に人の過ちを諫め、陰にて、その人を誹らず。
故に、人之を重んじけるとかや。
宋の劉貢父と云いし人も、亦、かくの如くなりしなり。



 一言の過ちにて、莫大の禍となり。
一事の過ちにて、一生の憂いとなる、愼むべし。
平生愼みある人も事により時によりて、怠り弛みぬれば、一言一事の過ちによりて、思いの外に、大なる禍となることあり、一言一事も、愼まずんばあるべからず。


十一
 古語に、病は口より入り、禍は口より出づ、といえり。
言を愼みて、妄りに口より出さざれば、禍なし。
飲食を愼みて、妄りに口に入れざれば、病なし。
病と災との出くることは、天より降るにあらず、皆口より起ると、古人いえり。
口の出し入れ、愼むべし。


十二
 人の悪しきことは、わが心の中に知り辨えて、口には出すべからず。


十三
 人を誹り、人を言い落すこと、不仁の甚だしきなり。
其の上、わが身に於いて、露ばかりも益なし。
其の人もしきけば其の害あり。
其の誹るところ、其の實たがはずとも、人を誹るは、厚く柔順しき道にあらず。
況んや、凡夫の、人を誹るは、多くは理にあらず、愼むべし。


十四
 人を誹れば、人また我を誹る。
人を誹るは、即ち我を誹るなり。
たとえば、天に向って、唾を吐くが如し。
其の報い甚だ速し。
言逆りて出づれば、又、逆りて入る。
我に出づる罪は、やがて、われにかえること、車の輪の如し。
恐るべきかな。
人を一分誹れば、人より三分誹り返される。
其の上、人に見おとされ、いやしめられる。
益なくして損あり、愚なりというべし。


十五
 人を誹るは、是れ、不仁なるのみならず。
必ず、身の禍となることを知らず。
是れ、不智なり。
人を誹る一事にして、仁智の大徳を失う。
殊に、我が同官・同芸の人を誹るは、人を抑えて、わが身を立てんとするなり。
又、不義・無禮と云うべし。
卑狭の甚だしきなり。
是れ、小人の業なり。
自ら、恥ぢて戒むべし。


十六
 人を誹るは、其の人に対せず、陰にて、竊に言うことなれば、其の人しるべからず。
何の害かあらんと思うは、愚なり。
誹謗りは、必ず、漏れ易し。
俗語に、悪事千里を行くといい、又、壁に耳ありと云うが如し。
人のしらんことを恐れば、言うべからず。
孟子に、人の不善をいうは、後の患いをいかんすべき、といえり。


十七
 言を出すにも、わが身を省みて、分に過ぎたることをば言うべからず。
分に過ぎたることをいえば、人に誹り笑わる。
恥づべし。
また、人ききて信ずべからざることは、實事なりとも、言うべからず。
此の心遣いあるべきことなり。


十八
 わが善をば隠して、自ら誉めるべからず。
人の善をば露わして、誉めるべし。
わが誤りをば飾るべからず、露わして改むべし。
人の過ちをば露わすべからず、蓋い隠すべし。


十九
 わが身に、いかなる才能・善行ありとも、口に出して誇るべからず。
其の才能に誇れば其の才能を失い、其の善行に誇れば、其の善行を失う。
惜しむべし。


二十
 わが身を誉めざれども、わが善きも悪しきも、人の心に知るものなり。
たとえ、わが才行あらずして、人知らずとも、わが身の徳に害なし。
わが身の才能いみじくとも、自ら表し誉めるは、自ら媒すと云う。
賤むべし。
其の不徳のほど露われて、一概に、人に見おとされるわざなり。


二十一
 凡そ、人の忌み嫌うこと、言うべからず。
人の生れつき、不具・片羽なる者あり。
又、其の行い、さきに、大なる過ちありしものあり。
或いは、親・先祖、卑しかりしものあり。
此の類、言い出せば、きく人嫌いて、恨み怒る。
是れ、世俗の所謂さしあいなり。
心を用いて、言うべからず。


二十二
 言多く、無用の枝葉しげければ、相對する人疲れる。
同じことを繰り返せば、きく人なく。
かくの如くなれば、さし立ちたる用ある道理はきこえず。
言すくなく、用あることを言いて、道理明かに詳なるべし。
辭は簡要を尊ぶと古人もいえり。
無用の言を出さず、有用のことをいうべしなり。


二十三
 人の所業、我が心にかなわずとも、宥め恕して、左こそありなんと思いて、怒り恨むべからず。
もし、心の中に怒り甚だしくとも、忿りやみて、本心になるまでは、耐えて言を口に出すべからず。
忿りの熾なる時、早く口に出せば、必ず、過言いでて、後悔あり。
心を和げ、氣を平かにし、忿りやみて後、言うべきことは言い、なすべきことはなすべし。
酒に酔いたる時は、最も、言を愼みて、いうべからず。
酒醒めて後、言を出すべし。
人に文を送るも同じ。
怒り止み、酒醒めて後、文を書くべし。
是れ皆、後悔なき道なり。
言よりも、げに、文は後に遺るものなり。
文を書くに、殊に愼みて、怒りの内に書くべからず。


二十四
 世俗の語り傳えること、虚事多し。
悉く信ずべからず。
ことに、怪しきこと、多くは偽りなり。
神佛の奇特も、俗人の語り傳えることは、虚事多し。
凡そ、正法には奇怪なし。
奇怪あるは、正法にあらず。
奇怪なりとて、貴ぶべからず。
神佛をほめんとて、なきことをつくり出し、或いは、似たることを、眞に言いなし、奇異なることを言いつけて、却って、神佛の徳を汚すことをしらず。
鬼魅狐狸の所業にては、奇怪なることもあり。
それも、多くは虚事あり。
悉く信ずべからず、愚かなる人は、漫然なる虚言を信じて、迷い易し。
虚言をつくりて、語り傳えること、世に多し。
信ずべからず、妄りに、人の言に任せて、語り傳えるべからず。
人の胡亂なる言を信じて、又、人に語れば、我も亦、虚言を言うの罪あり。
愼んで、人に語るべからず。


二十五
 怪しきことを耳に聞くとも、目に見えざることの、確かならざるをば、口にいうべからず。
必ず、虚説多し。
人の妄りに語り傳える神変奇怪なることを、我も、亦、語れば、世に傳わりて、人を迷わすこと多し。
愚かなる人は、聞くことに迷いて、偽りを信じやすし。
怪しきことは、語るべからず。
確かに見たることにも、心目の病によりて、怪しきこと見え。
又、怪しと見えることも、故ありて、怪しからざること多し。


二十六
 人の過ちを正して、言いきかせ、改めんことを教え勸めるは、善事なり。
既に過ぎ去りたる過ちを、返す返す言い出し、咎むべからず。
凡そ、人の誤りて、しつることか、又、知らずして仕損じたる事は、ちから及ばず。
其の誤りをば告げ聞かすべし。
しばしば言い出して、責めるべからず。
其の人わが身をば責めずして、恨み怒りて背く。


二十七
 古語に、其の国に居ては、其の大夫を誹らずといえり。
況や、君を誹るは、大なる科なり。
古語に、臣の不忠、君を誹るより大なるは無し、といえり。
たとえ、君に僻事ありとも、臣たるものは、隠して語るべからず。
又、我が身、其の位に居らずんば、国政の是非を評議すべからず。
下として上を誹るは、不忠不敬なり。
愼むべし。
上を誹る人ありとて、それに雷同すべからず。
口を閉じて、語ることなかれ。
上たる人は、わが行いの誤りを、下なるものにいわせ誹らせて、博く聞くべし。
下の誹りを聞くは、是れ、上たる人の幸なり。
人の口を閉じるは悪しく、口を閉じれば、却って誹り多し。
誹らせれば、後は誹りなし。
此のこと、古人の教え明白なり。
川の水は、下を堀り流せば、水の憂いなし。
下を堰き止めれば、塞がりて、横流の災となる。
人の口をとめるも、亦、かくの如し。
故に、明君は、人の口を閉じずして、人に言わせ、下の誹りを聞くことを好めり。
帝堯は、諌めの鼓を置きて、諌めをきき給い、殷の湯王は、誹謗の木を立てて、政のあやまりを誹らしめ給いしとかや。


二十八
 凡そ、人を知ることは、至て難きことなれば、人の口と、わが目利とに任せて、妄りに人の善悪を決すべからず。
然るゆえに、誉めるも、誹るも、軽々しく妄りにすべからず。
歳月をまつべし。
即時に早く人を誉め毀れば、必ず、誤りて、後悔あり。
われ人を悪しきと思えど、さもなくて、却ってよきことあり。
善きとおもえど、又、悪しき人あり。
人の誉め毀りも、妄りに信じがたし。
人の口と、我が心を以て、善悪を定むべからず。
人の口わが心、二ながら證としがたし。


二十九
 面前に人を誉めるは、諂いにちかし。
もし、誉むべきことあらば、其の人に對せずして、他人に對して、誉むべし。
其の人の感も、亦、深し。
面前に人の過ちを正すはよし。
退きて、陰で誹るべからず。


三十
 凡そ、誉め毀ること、誤りて理に違えば、わが人をしらざる不智のほど露われて、恥ずかし。
愼しんで、妄りに人を誉め毀るべからず。


三十一
 人を誉め毀ること、愼しんで過不及なかるべし。
人の小悪を大悪に言いなし、小過を大過に言いなし、虚なることを實にいいなすは、讒言なり。
又、左程なきことを、甚だしく人を誉め過すも、正直の道にあらず。
諂いて、其の人に私するなり。
誉め毀ること、軽々しくすべからず。
たとえば、權量を以て、物の軽重を量るが如くなるべし。
一毫も軽くし重くして、過不及あるべからず。
誉むべからざる人を誉め、毀るべからざる人を毀り、或いは誉め過し、毀り過すは、ともに不智なり。
論語に、子貢曰く、君子は、一言以て智とし、一言以て不智とす。
言愼まずんばあるべからずといえり。
よき人は、許可を愼むとて、人を妄りに許し誉めず。
されども、小善をも棄てず、一藝を用いるは、君子のする所なり。
人の善をば持て囃して、稱誉すべし。
悪を隠して、善を擧げるは、聖人の行いなり。
学ぶべし。


三十二
 凡そ人を諫めるには、法あり。
たとへ、我が子・我が弟を諫めるにも、聲をあらげ、言を荒くして、悪口し、辱しめるはあしし。
かくの如くすれば、きく者、腹だち恨みて、心に服せず。
却って、其の諫めに背きて、順はず。
ここを以て、人を諫めるには、心を平和にし、言を順にし、道理を正しく諫むべし。
まづ、人のよきことを誉めて、人の心を喜ばしむべし。
いかりて喜ばざれば、諫めても、うけ用いがたし。
これ、人を諫める手段なり。
凡そ、人を諫めるには、人の氣質によりて、直諫・諷諫の二の法あり。
知らずんばあるべからず。
其の心和順にて、義理明らかなる人ならば、直諫すべし。
直諫とは過ちを言い露わし、理を直ぐに伸べて、是非をまげず、強く諫めるなり。
かくの如くならば、聞く人、恐れて順う。
孔子の法語の言とのたまう。
是れなり。
又、氣質和順ならず、義理闇き人ならば、諷諫すべし。
諷諫とは、すぐに其の人の過悪をさし露わして言わず。
まづ、其の人のよき所を擧げて誉め、其の人を喜ばしめ、其の人の心に順いて逆らわず。
ただ、其の事の損あると、益あるとを説きて、得心せしむべし。
或いは、他事に准へて、善悪・得失を述べるべし。
かくの如くすれば、きく人腹たたずして、喜びて諫めをきき順う。
孔子の、巽與の言とのたまえる、是れなり。
人を諫める法は、此の二なり。
其の人の氣質によりて、諫めの法かわるべし。
直諫するこそ本意なれども、正直につよく諌めても、きく人の耳に逆らいて、うけ用いざれば益なし。
明君・賢者ならでは直諫によろしき人は稀なり。
よのつねの人ならば、諷諫すべし。
諷諫をよくして、人のよく聞き入れたる例多し。
是れ、諫めのよき手立てなり。
諫めの道をしらで、言を荒くして、人に逆らい、妄りに言えば、人怒りて、必ず、ききいれず。
人に益なくして、わが身の禍となる。
殊に、我が親に直諫して腹たたしめ、親喜びざれば、親子の中うとくなる。
大なる不孝なり。
親を諌めるには、法あり。

三十三
 易に曰く、約を納に牖より自。
牖は明らかなる所なり。
たとえば、家の内にある人に、外より物を言い入れるに、壁越しにいえば聞こえず、牖より言えば、聞える。
諫めを言うも、亦、かくの如し。
いかなる愚かなる人も、必ず、いづこにぞ、片端に道理開けて、明らかなる所あり。
或いは、好む所の欲あり。
其の所をよく見つけて、言い入れれば、きき入れ易し。
此の諫めようのよきこと、古も、さる例多し。
塞りたる處をしらずして、いかに忠をつくして諫むとも、きき用いざれば益なし。


三十四
 人の誤ちを諫めるには、誠あまりありて、言足らざるがよし。
心を内に含みて、言すくなく言い残して、餘味深かるべし。
人のあしきことを言いつくさず、人の耳にさからわずして、人に、ひとり其のあやまりを悟らしめるをよしとす。
人の悪しきことを、ことごとく言い顕し、烈しく争いぬれば、人怒りてうけ用いず。
是れ、人を諫める道にあらず。
温厚にして理明らかなるが、却って、よく人を感ぜしむ。
是れ、烈しく責めるに勝れり。


三十五
 徐偉長曰く、君子其の人非れば、則ち之を興る言弗。
其の人にあらずとは、道理を教え告げても、よく其の理を聞き分けるべき智なく、聞きて信じ用いるべき誠なき人を云う。
かようの人に、言をつげても、益なし。
凡そ、善言を聞きても、悟らず。
信ぜざるは、其の人愚なればなり。


三十六
 人の悪しきを諫めるに、はじめより、卒爾に、其の事をすぐに指していえば、おおかたは聞き入れず、かえりて、怒りを催す。
只、其の事となく微めなして、人の心に憎からず感じて、聞入れるこそ宜しかるべけれ。


三十七
 喜ぶ時の言は、誠すくなし。
怒る時の言は、敬すくなし。
喜び怒るとき、殊に、言語を愼みて、喜怒の為に、心を破られることなかれ。


三十八
 末の世には、風俗薄くなりて、唐・日本の文をつくるにも、諂い飾りて、偽り多し。
政のよきを誉めるとて、堯舜の御世にも越えつべし、と云い、
人の善を誉めるとて、聖賢の如く言いなし、或いは、知仁勇の三徳備われりなど云い、
武略を誉めては、孫呉にも劣らずと云い、
手跡を誉めるとては、王義之にも及ぶべしと云い、
詩文を誉めるとて、李杜、蘇黄に同じかるべしと云い、
和歌は、貫之・躬恒にもおとらず、和文は、紫式部・清少納言が如しと云うの類多し。
さほどになきとは、心の内に知りながら、風俗の悪しきに随いて、偽り諂いとなることを知らず、
かかる悪しき習慣にしたがいて、正直の道理を失うべからず。


三十九
 君子は、人の善を擧げて、人の悪を隠し、人の長ずる所をとりて、短なる所を宥す。
厚しと云うべし。
小人は、人の善あるをばほめずして、其の過ちをあげてそしり、人の才の長じたる所をば擧げずして隠し、其の才の不得手にして短なる所を露わして誹る。
薄きことの至りなり。
人の不得手なる所を言い露わせば、恨みをとる。


四十
 主君は、言うに及ばず、父母・兄夫の、われに物いいかけたるに、その答え明らかに聞こえざるは、恨めし。
甚だ、無禮なり。
父・兄・夫など、我に問うことあらば、道理の正しく聞こえるように答えるべし。
親・兄・夫は、いづれも親しければ、其の親しきを恃みて、答えの無禮なるは悪しし。
よき人は、われより下ざまなる人に對しても、侮らず。
故に、答え明らかなり。
況や、われより上なる人をや。


四十一
 人のいう言、聞き入れずして、ただ、わが道理のみを云いたてんとするは、甚だ無禮なり。
人にも道理を言わせて、聞きて後、わが思う處を述べるべし。


四十二
 古語に、流丸は甌臾に留まり、流言は知者に留まるといえり。
甌臾とは、凹き所なり。
丸き玉を投げれば、轉じて止まず。
されども、凹き所に留まる。
流言は、根なしごとと訓む。
實もなき仇なる雑説なり。
愚者は、是れを誠ぞと心得て、信じ語り傳れば、世にあまねく流布して止まず。
知者は、不實なることを信ぜずして、耳に聞けども、口にいわず。
其の耳に留まりて言い散らさず。
是れ、流言は知者に留まるなり。


四十三
 止むことを得ずんば、人を誹り、人を誉めることなくんばあるべからず。
されども、妄りに、好んで人を誉め誹りて、口に是非多き人は、古人の戒める所なり。
止むことを得ば、妄りに人を誉め誹るべからず。
誤ること多し。

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