作家、星新一が遭遇した戦時中のプロパガンダ

きまぐれ星のメモ、追憶の一齣より

戦時中、することがなかったので私は映画ばかり見ていた。戦局が悪化の一途をたどっていた頃の、ある日の昼、私は神田の映画館に入ったが、気がつくと、なんと広い館内に観客は私ひとり、二回の最前列の中央にすわって眺めていた。
すると、休憩時に国民服姿にゲートルという中年男がステージの上にあらわれ、講演をはじめた。その日は大詔奉戴日、すなわち毎月八月には開戦の決意を新たにするため、この種の行事があったのである。一人でも客のある限り、やめるわけにはいかなかったのだろう。お互いに照れくさく、変な気分だった。
私はきりのいいところで映画館を出たが、そのあと無人の映画館のなかで画面だけがむなしく動きつづけていたのかと思うと、異様な気がした。SFの世界のような思い出がした。

当時はプロパガンダという用語がなかったのか、本人もこれがプロパガンダだとは認識していなかったようである。