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ブーブーブレイブ          『第二話・遠くのヒーロー』

◯公団オナーク20棟101号(夜)
草の部屋の明かりがベランダに漏れている。

◯同・草の部屋(夜)
草、学習机の椅子に腰掛け、机に開いた生物の単語テストの返答をノートに書き写している。
草「肝臓が養分を蓄えるのと解毒分解。腎臓が、老廃物、水分、塩分を尿として出す」
突然、ノートに顔を伏せる草。
草「あー、しんどくなってきたー」
草、近くの赤色の丸時計を見る。
時刻PM8時過ぎている。
草「あっ! 晩ご飯食べ忘れてる! あちゃちゃ集中しすぎたな」
草ママの声「そーちゃん」
草がドアの方を見ると、分厚いレンズの大ぶりのメガネを掛けた草ママ(33)がドアの隙間から顔を出している。
草「ママー! 帰ってたんだー!」
草ママ、少し部屋の中に入って、
草ママ「どう勉強? 捗ってる?」
草「うん、生物頑張ってるよ」
草ママ「えらいね」
草、立ち上がると草ママに近づき、
草「絶対ママ連れてくから」
草ママ「なに?」
草「富裕地」
草ママ「ああー、ママのことはいいからー。草ちゃん自分の好きなことしな」
草「でも……、ママも気づいてるでしょ。ここクナークも危いよ」
バイク数台のけたたましいエンジン音が高鳴り消えていく。
草ママ、両手をグーにして、
草ママ「頑張って働いてお金貯めるか。そしていくか、富裕地」
草「未来は明るい」
草と草ママ、ハイタッチをする。

◯同・キッチン(夜)
テーブルに盆があり、盆の上におにぎりが四つラップで包まれている。

◯同・草の部屋(夜)
草の学習机の上の赤い丸時計、PM11・30を指している。
草、生物のテストを見ながらノートにメモを書いている。
草「大腸が外側で小腸は小さいのは知ってたけど、大腸が水やナトリウムを便、小腸が養分を血液に吸収なのか……」
突然〝ぷーっ〟と音を立ててオナラをする草。
草「やっべ! トイレ!」
草、席を立つ。

◯同・廊下(夜)
片手でお尻を抑えて足早に走る草。
草「でるでるでるー」

◯同・トイレ(夜)
ドアを開けて照明のついたトイレに入る草。
だが、トイレットペーパーがない。
草「なんでっ!」
慌てて部屋を出る草。

◯同・収納スペース(夜)
やってきた草、一番下を見る。
トイレットペーパーの空のビニール袋がある。
草「ない! となるとー、公園だ!」
小走りでその場を去る草。

◯オナーク公園(夜)
自転車でやってくる草。
草、公衆トイレの前に自転車を止めて急いで大便所へ。

◯同・大便所(夜)
草、入ってくるなり下のスウェットを脱ごうとするが、すぐに手をとめる。
草「あれっ、したくなくなった」
軽く開いた戸の隙間から月明かりが漏れ、隅に置かれた『遺書75 作・御習御習』を照らしている。
『遺書75 作・御習御習』を手に取る草。
草「なんだこれ」

◯公団オナーク20棟101号/草家(夜)
草の自転車が駐輪場に止めてある。

◯同・草の部屋
学習机で『遺書75 作・御習風』を手に取り、表紙を開く草。
縦書きの御習の文字が書いてある。それを声にして読む草。
草「私はいま75歳。終活としてここに思い出を記しておいた。なぜわざわざ記したかって? 偉大なるヒーローの物語だからだ。(なあなあ、最初からかっこいいな☆)」
草「歳の割に頭悪そ」
さらにページをめくる草。
漫画が描かれている。
草「えっ、漫画スタイル。珍しい」
ページを捲る草。

◯黒背景
赤色のパーカーに赤色のスパッツが真ん中にある。
御習の声「これが私の幼少期の私服だった。ちょっと派手なのにはわけがあった」

◯御習の家・居間
液晶テレビに戦隊モノの番組が流れている。レッド、ブルー、イエロー、ピンク、グリーンのレンジャー達が怪人たちを格闘で倒していく。
カーペットに座り、目をキラキラさせてテレビを見ている襟足長めカットの御習風(6)。
御習の声「なぜ私の私服が赤か、もうお分かりだろう」
怪人たちを倒し終え、レッドレンジャーが真ん中に立ちファイトスタイルのポーズ。
御習も立ち上がり同じくファイトスタイルのポーズ。
御習の声「そう、幼い私はヒーローに憧れていたのだ。その中でも特にレッドが大好きだった」
レッドレンジャーが活躍するシーンのエンディングが流れる。
御習「チームで一番強いレッド、チームを率いるレッド、ピンチに強いレッドが」
襖が開き、背広姿の御習冷斗(おなられいと・26)が現れる。冷斗、手に缶チューハイを持ち酔っていて頬が赤い。
冷斗「風、それ作り話しだからな。あのな、現実ではな、みんなイザとなったら自分の命が惜しい。そういうもんだ人は」
御習、ほっぺを膨らまして怒る態度。
御習五織(おならいおり・24)がやってきて、
五織「ちょっとあなた、また変なこと言ったんでしょ。風、気にしないよ」
襖を閉めて冷斗と五織は去る。
御習、テレビを見る。
いつしか天気予報に変わっている。
御習の声。「しがないサラリーマンの父を見る度に、その父に否定される度に、逆にヒーローたちの熱い勇姿が思い浮かび、私の心は燃えた」
御習の目にレッドレンジャーが映る。

◯豚の貯金箱
御習の声「父に反発し、小遣いはすべてヒーローのグッズに費やした」

◯御習の家・御習の部屋
床にはヒーロー特集の雑誌やヒーローのフィギアが置いてあり、本棚にもヒーロー関係の本が並んでいる。
御習、自信満々に胸を張って押し入れへ。
御習の声「グッズはこれだけではなかった」
御習が押入れの戸を開けると、未開封の箱に入ったヒーローたちのフィギアが積まれている。
真ん中の一番手前にはレッドレンジャーの入った箱。
御習「一人っ子の孤独はヒーローたちが吹き飛ばしてくれた」
御習、レッドレンジャーの入った箱を手に取り高く掲げる。

◯歩道
御習、右手をグーにし右腕を胸の前に伸ばして走っていく。

◯公園・表
走ってきて門から公園に入ろうとうする御習。
男児A(8)の足が門の脇から出てきて御習の足を引っ掛ける。
派手にこける御習。
御習が尻もちのまま見上げると、男児Aと男児B(8)と男児C(8)がニヤニヤして見下している。
男児A「おい御習、なんだよそのポーズ」 
御習「なにって……、ヒーロー」
男児B「はあ? お前は御習だから」
男児C「とにかくくせー御習だから」
腕を回し迫ってくる男児A、B、C。
☓ ☓ ☓
曇り空。
御習の声「もう気づいた人も多いだろう。私の名前はおならふう。名字がおなら。まじで名字が、お・な・ら。そう、ヒーローからめっちゃ遠い名前だった! しかもまあまあ腕っぷしが弱かった!」
☓ ☓ ☓
顔を腫らした御習、地面に大の字に倒れながらも笑う。
御習の声「だが、イジメられても心は全く折れなかった。なぜって――」
御習「ヒーローには苦難は憑き物さ」

◯黒背景
赤いハートが粉になって消えいていく。
御習の声「だが、突如その熱いハートは粉々に砕け散ることとなった」

◯御習の部屋
御習風(10)、部屋の入口で顔を引きつらせて立ち尽くしている。
御習の部屋、ヒーローグッズがなく殺御習景。
御習、押し入れに向かい戸を開ける。
空っぽの押し入れ。
部屋に入ってくる冷斗と五織。
御習、両親を見て、
御習「なんで!」
冷斗「ヒーローごっこはもう終わりだ」
五織「風、あなたもう小学四年生でしょ。高学年なんだからこれからはちゃんとしないと」
御習、顔を振り、
御習「いやだ!」
冷斗、嘲笑って、
冷斗「ヒーローか。最近なあ、ここクナークの犯罪率増えてんだ」
御習、目を見開いて固まる。
五織「ヒーローはなんの役にも立たないの」
御習、涙目になり下を見る。

◯道路
白シャツに黒の短パン姿の御習、道の真ん中を背を向けて歩いている。
背中は曲がっていて弱々しく、髪の襟足は切ってある。
御習の声「両親の言葉は子供の私にグサリと刺さった。完全にヒーローに興味を持つことはなくなり、私は完全に生き甲斐を失った」
道路を歩いている御習、やがて中学一年生となり、学ラン姿になる。
御習「私は気づいたら中学生になっていた。日々を噛みしめて生きるべき年なのに、冷めていた」

◯コンビニ(夕)
自動ドアを開け、本売場に入ってくる学ラン姿の御習風(13)と御習の友達A(13)。
本売場ではB5の赤い雑誌が目立っている。
御習の友達A「あっけえ! おい御習、『少年ビーム』がヒーロー特集だって!」
御習「ああ、そうなんだ。俺ヒーローは興味ないから」
『黄金貯蓄法』と書かれたビジネス誌を手に取る御習。
御習の友達A「お前いつも冷めすぎだぞ」
御習「そうかな」
御習、ビジネス誌を読んでいく。
御習の声「確かに私は冷めに冷めていた。あれだけ好きだったヒーローにもずっと無関心だった」
パトカーが通過して御習の顔が一瞬赤くなる。
パトカーを目で追う御習。次に赤い『少年ビームを』見る。

◯御習の家・御習の部屋(夕)
帰ってきた御習、足早に押し入れに向かう。
御習の声「だがその日、久しぶりに赤色に触れたのもあってか、学校から帰った私は無性に押入れをみたい衝動に駆られた」
押し入れを開けて懐中電灯で見ていく御習。
御習の声「なぜかレッドレンジャーが呼んでいる気がしたのだ」
だが、どこにも箱は見当たらない。
ため息を吐き残念がる御習。
力なく持つ御習の懐中電灯の光、押入れの床に描かれた絵を照らす。
御習「なんだこれ!」
絵には頭でなく尻を向けて、レッド、ブルー、イエロー、ピンク、グリーンのレンジャーが円陣を組んだ姿が描かれている。
御習の声「そこの床だけが木簡のような古い板になっていた。そしてそこには尻を向けて円陣を組むレンジャーの絵が描かれていた。見た瞬間、私は思わず叫んでいた」
御習、目を輝かせ、
御習「いた! ヒーローはいた! ヒーローは実在した!」
御習の声「古い木簡にヒーローの絵。もしかするとヒーローが現実に存在していたた可能性がある、そう思うと私の冷めた心は一気に踊ったのだった。だが……」
御習、目を細くして、
御習「ヒーロー……」
レンジャー達の尻の絵。その上に『なーぞ』の文字。
御習の声「ただ……尻を向けているのが謎すぎた……」


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