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短編一人劇 【後藤さんを待ちながら】


場所
人の出入りが絶えない都心の駅改札
中年の男が一人、花束を持って立ち惚けている

そこのあなた。そうあなた

いや、突然話しかけてしまって申し訳ない

あなたも誰か待たれているのですか。そうですか。私も人を待っているんです

ええ、まあ恥ずかしながらその、女性と……

ええ、まあ、その今日初めてお会いする方で……

今は色んな出会い方がありますから。これも多様性というやつでしょうか

まあ、暇つぶしがてら私の独り言にお付き合いください


彼女の名前は後藤ミキというらしいんです

本名かどうかは知らないが、たとえ偽名だとしても実際に会ったこともない女性を気安く下の名前で呼ぶなんて、紳士である私にはできない

だから、私は本名も知らない彼女のことをゴトーさんと呼ぶことにしましょう

私はかれこれゴトーさんのことを待ち続けて……三時間が経過しました

いや、少し待ってほしい

騙されている、あなたがそう思うのも無理はない。私も不安がないのかと言われれば嘘になります

しかし、紳士たる私はゴトーさんへの疑いよりも信頼、そしてもしかしたら何か事故にあったのではないか、という不安だけが募っている


まだ待つのか

いつまで待つのか

いや、待つか待たないかが重要なんじゃない

もし仮に、私が騙されているとしたらここで待ち続けていることは滑稽で、ただ時間を無駄に浪費しているようにしか思えないだろう

しかし、不埒な輩に絡まれているかもしれない

電車が遅れているかもしれない

目の前で倒れたご老人の介抱をし、付き添い人として救急車に乗せられているのかもしれない

私を待たせるという罪悪感に苛まれながら、運命の悪戯と必死に対峙している

その可能性がある以上、私には待たないという選択肢はなく、故にいかに待つかが重要となるわけだ



今私は現実と虚構の狭間にいる

そう、虚構だ

この薄っぺらい媒体の中でいくら濃密なやり取りを交わし、読み解いたところでそれは私の頭の中で作り出したゴトーさんという虚構でしかない

そもそも一人の女性に理想を押し付けること、現実以上の何かを背負わせるなんて紳士としてあるまじきことだ

大事なのは存在を、存在したまま受け入れる度量だ

その度量があれば、どれほど現実味のない虚構を描こうとも、そしてどれほどゴトーさんの見た目が虚構からかけ離れていても、私は彼女を愛せるだろう


ええ、ええ、確かに三時間というのは私にとって長く心苦しいものでした。
しかしそれでいいと思ってます。先ほども言ったように私は彼女の虚構を追いかけていた。しかし、三時間もあれば現実を受け入れる覚悟など嫌にでも決まる

さあ、そろそろくる頃だろう

ここは都心のど真ん中にある駅だ。改札に辿り着くだけでも一苦労する

なら、もしかしたら迷子になっているかもしれない

でも、なんらかの理由で何時間も遅刻してしまい、さらにやむを得ない理由で連絡ができない。今更迷子になっているなんてメッセージは送れるわけがない

そこで紳士たる私は気を利かせて電話をするわけだ。


電話の呼び出し音、鳴り続ける


うん、まだかな


鳴り続ける


ゴトーさん? あれ? おかしいな?


曖昧な笑みを浮かべて誤魔化している


恥ずかしがっているんですかね


電話、突然切れる
居た堪れない沈黙
無言でもう一度かけ始める
場転
電話の音が鳴り響くオフィス


やあ、調子はどうだい? 最近あんまり寝ていないんじゃないか? そうだろう、少し目にクマができているから今日はしっかりと休むといい

おお、昨日のプレゼン、すごかったらしいじゃないか。先方も大変喜んでいたみたいだ。どうだい、今夜はお祝いに奢るけど……あ、いや無理にというわけじゃない。何か予定があるんだろ? ならまた今度にでも。とにかくお疲れ様

あ、こんな時間まで何していたんだ。それに昨日のタスクも終わってないし、みんなそのフォローで手いっぱいで……いや、誰にだってミスはあるが……とにかく社会人なんだからホウレンソウはしっかりしといてくれ


ゴトーさん。お疲れ様です。今日もあまりうまくやれませんでした。
私のどこに問題があるのでしょうか。客観的な意見が欲しいです

そうですか。だといいんですが

若い子達からはどこか避けられているような気がします。私は同じ職場の仲間として時には厳しく、時には喜びを分かち合いたいのですが、彼ら彼女らにとっては違うのでしょう

はい、私はなんだかとても肩身の狭い時代を綱渡りしているみたいです。
昔はよかった、なんていうつもりはありません。これでも価値観のアップデートを試みているつもりです。でも、どれだけ視野を広げようとしても、どれだけ歩みを進めようとしても、私だけが取り残されている気がします

いえ、皮肉なことに私の部はとても円滑に仕事が回ってます。白い目で見られる存在が一人いた方が社会というのはうまいこと噛み合うのでしょうね

すみません。いつもこんな愚痴ばかり聞いてもらえて。それだけでいくらか私は救われます。


ゴトーさん。今度よろしければ食事にでもどうですか
あ、いえ、別にやましい気持ちではなく……本当にいつも感謝しているんです

だからせめて直接お礼を、私の気持ちを伝えたくて……無理なら断ってくれても構いません。自分の年齢も今の言動の非常識さも十分私は自覚しているつもりですから

え? いいんですか? は、はい、もちろんです。なんだかもう緊張してきました

はい、来週末に

いいお店をしているので予約しておきます。苦手なものとかあったら教えてください

場転

私はね、私が置かれている立場を十分理解しているつもりなんだよ

それでもね、どこか期待してしまうんだ

もっとうまくやれるんじゃないかと。配慮し続ければ、変わろうとし続ければ、誰かにみてもらえるんじゃないかと


ああ、すまない。いや、私も人を待っていて、彼に少々話を聞いてもらっていたんだ。おかげで少しだけ退屈が解れた。君もありがとうね

これから君たちはどこへ行くんだい?

……そうか、もしコース料理を頼むならペアリングはシャトーラグランジュにするといい。メインのラムと合わせると最高なんだ

……ああ、楽しんでくるといい

私はいつまで待つかって?

そうだね……もう少し待とうかな

きっと長い長い旅になるだろう。それでも待つさ。ゴトーさんも君たちも。

今日みたいに何気ない日をいつか、心底生きずらいと感じる日が来るだろう

自分勝手に振る舞えた日々に何気なく強いた孤独に目を向ける日が必ず来るだろう

そんな日が来るまで私は待とう

男、二人を見送ると空を見上げる
雑多な物音が遠くから聞こえる

ああ、どうもご苦労様です

パトロールですか。最近は何かと物騒ですからね

はい、はい……いえ、別に私は怪しいものでは……

いえ、あなた方が怪しいと思うならきっとそうなのでしょうね

……申し訳ありませんが、同行はできません。お話ならここで

はい、とても重要なことです。人を待っているんです

そうです

私はゴトーさんを待っているのです





名前のない演劇祭白
参加公演【後藤さんを待ちながら】
2024年8月9日・12日
作・演出 佐藤陽
出演   梅﨑信一

*お声掛けいただいた場合のみこの戯曲の使用を許可いたします。
 Xアカウント:佐藤陽/ハル 劇団zzZ°(@haru3_sunset5)までご連絡く
 ださい。

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