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少女たちは天国の扉を叩く

 二人で決めた天国に、二人だけでいくために。
 病院の待合室で。そして病室で。二人で決めた、二人だけのひみつの戒律。

 病院から抜けだした後、移動する手段が欲しかった。服も着替えたい。
 ようやく止まってくれたタクシーに私たちは乗り込んだ。
「お客さん、どちらまで?」
 運転手は結構若くて、患者服の私たちにも興味がないようだった。
「決めた」
「そうだね、この人にしよう」
 差別も区別もせずにタクシーに乗せてくれる人の魂は、きっと純粋だ。
 森林公園まで送ってもらう。あそこなら夜は人がいない。
「えーと料金は、あいた、あいたた! ちょ、何するの! あっ」
 助手席に座ったナユタが、動かなくなった運転手を外に捨てた。運転席を漁ると、お金が沢山出てきた。
「ドンキ行って服買おう」
 ナユタはそう言って車のエンジンをかけた。

 純粋な魂を七つ集めれば天国に行ける。それが二人で決めた秘密の戒律。
 必要な数はあと、五つ。

 余命の話なんて、子供の耳に入らないようにしていても普通に察してしまうものだ。
 私がどんなにワガママを言っても、見舞いに来る両親は決して怒らなかったし、「10歳で……」と扉越しに聴こえてしまった。
 私が罹ったのは漢字とカタカナが混じった病名で、聞いた10秒後にはもう曖昧だった。
 一方ナユタの病名は単純明快。癌だ。
 明るく清潔で、子供の声と死の匂いが蔓延する病室を抜け出しては、私とナユタは語り合った。
 天国へ行くための戒律は、ナユタの書いた『棺桶リスト』がきっかけだった。
 一番目にこう書かれていた。
『人を殺してみたい』
「やろうよ!」
 自分でも驚く位食い気味に言ってしまった。
「でも、天国に行けなくなっちゃうよ」
 胸元のロザリオを抑えながら、ナユタは言った。
「綺麗な魂を、先に神様の所へ送るだけだよ」
 私が咄嗟についたでまかせがナユタの中の信仰を塗り変えた。
 確かにここまでは子供の妄想だった。
 けれどその日の晩、私たちは初めて人を殺すことになる。

【続く】

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