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サタンタンゴ(1994:ハンガリー) #居石信吾の映画実況雑記

 とてつもねえ映画を観てしまったので感想を書きます。

 以下の文にはネタバレが含まれていますのでご注意ください。

あらすじ

 社会主義政権下のハンガリーの田舎の村。
 二人の男は共謀して村人の一年分の稼ぎを持ち逃げしようと画策していた。
 出無精の医者は酒を買いに出かけた。
 酒屋のケチな主人は金払いの悪い客にイライラしていた。
 身体を売っている母親にネグレクトされた少女は猫を虐めて鬱憤を晴らしていた。
 金も、夢も、展望もない閉塞した世界。

 そこに、死んだとされる男が帰ってくるという噂が舞い込んだ。

 半信半疑の村人達。
 死から還ってきた男の言葉は、救世主の説法かはたまた悪魔のささやきか。

 と、ここまで書くと「お? 群像劇サスペンス? 面白そうやんけ」となりますがサタンタンゴをサタンタンゴたらしめているのはあらすじではない。

長い

 この映画でまず目を引くのはその上映時間だろう。438分、つまりは7時間18分。アニメ1クールより長い。これだけで大抵の人は怖くなり、帰って家でパラッパラッパーをやろうと思うのではないだろうか。12個の章に分かれているが各章30〜1時間くらいで、やはり長い。
 しかもこの映画、これだけ長大な尺がありながらカット数がたったの150程度しかない。普通の映画だと1000前後あるらしいのでその少なさが際立つ。
 つまりワンカットが異常に長いのだ。一般的に長回しと呼ばれる様なシーンより遥かに。
 登場人物が歩き出したら画面の消失点まで延々と歩き続ける。その間カメラは動かない。5分くらいただただ歩くシーンがこの映画には大量に存在する。雨と泥濘の中の行軍。それがサタンタンゴという映画だ。
 個人的に観ていてうんざりしたのは第六章で村人たちが延々と踊り狂うシーンだ。20分くらいの長回しでひたすら村人達が踊り続ける。特に台詞はない。やっと終わったかと思ったらまた踊り出す。やめてくれ。救いはなんか頭にパンを乗っけてるおっさんが面白いことくらいだ。
 更にこの映画を素人お断りにしているの5章の存在だろう。ネタバレ注意をしたのにここを読んでいる貴方は覚悟をしたきた人間だと思うので書いてしまうが、猫が死ぬ。しかも虐待されて死ぬ。その虐待描写も長回しでねっとりと撮られるので、やはり家に帰ってパラッパラッパーをやりたくなってくる。
 更にはその猫虐待少女も死ぬ。なんの救いもなく、弱者が集まった村の中の弱者たる少女は全てを失くし、絶望を体現したかのような顔で村からふらふらと出て行く。もちろん長回しでじっくりと。そして情け容赦なく、静謐で、美しさすら感じるモノクロの風景の中で死ぬ。

ビガーケージズ、ロンガーチェインズ

 この映画の画面の構図は完璧である。全てのシーンが美しい。だがそのカメラが映し出すのは弱者が弱者を搾取するこの世の一番醜い真実だ。
 帰ってきた男、イリミアーシュもまた外の世界の権力機構に仕える存在であると暴露される終盤でそれは際立つ。
 イリミアーシュの衒学的で詩的な村人に関する報告書が官憲の手で無味乾燥な文章に変えられてゆくシーンは象徴的だ。
 社会主義・資本主義・キリスト教批判が込められているこの映画だが、そんな背景は知らなくても観ているうちに薄らぼんやりと肌に纏わりついてくる。
 我々は猫であり、少女であり、村人であり、イリミアーシュだ。
 ラストの、鳴るはずない鐘は弔鐘としか思えない。暗闇の中、また日常という名の円環に戻る視聴者へと手向けられた挽歌だ。

レンタルがある

 なんとこの映画、Amazon Primeで1650円という強気価格でレンタル販売されている。期限は48時間なので不眠不休で観ても6回しかリピートできない。
「サタンタンゴを観た」という経験は絶対に忘れられない物なので、一生の傷記念に如何だろうか。

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B08HHN3ZNF/ref=atv_dp_share_cu_r



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