佐藤優 山口二郎著『長期政権のあと』を読む

安倍晋三が総理を降りても、菅政権は第5次「安倍内閣」と呼ばれている状況だ。この二人の対論という形式を取ったこの著書はその秘密に迫るものだ。ご一読を、お薦めする。以下、その冒頭の部分を引用したい。「選挙で選ばれた王」だと、安倍晋三が本気で思っているという指摘が興味深い。

第1章安倍政権の正体

1 選挙で選ばれた王        (p16~)

闇の権力   山口
 安倍首相以外にも、戦後日本には吉田茂(1946~一1947,1948~1954年)、佐藤栄作(1964~1972年)、中曽根康弘(1982~一1987年)、小泉純一郎(2001~2006年)などの長期政権が誕生しました。これらには政権が持続した共通の条件が存在しますが(後述)、安倍政権はきわめて異質な特徴があります。
 それは、「過度な権力集中」です。安倍政権を支える権力基盤は、「安倍一強」と呼ばれ
る「官邸主導体制」にあります。
 コロナ禍への対応でも、その構図が明白に表れています。一斉休校も、緊急事態宣言を出して私権を一定の範囲で制限できる新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正も、腹心の今井尚哉内閣総理大臣秘書官兼内閣総理大臣補佐官の進言とされています。また、不評で取り止めになった減収世帯への30万円給付案も、官邸内から上がりました。
 そして「経済対策はすべて首相官邸内の一部で決めて、党に知らされるのは後。それでいいんですか」と、連立を組む公明党からも批判されています(「朝日新聞デジタル」・2020年4月24日)。
 安倍首相は2012年の第二次政権発足以来、官邸を支える官僚機構を強化してきました。首相を直接、補佐・支援する「内閣官房にと、内閣の重要政策を扱う「内閣府」が、その両輪です。
 とりわけ、内閣官房の増強が目立ちます。選りすぐりの人材が各省庁から集められ、人数は発足時より五割以上増えて1200人を超えています(内閣府は約2400人)。森友・加計学園、桜を見る会の疑惑で知られる首相秘書官、首相補佐官も内閣官房の中核スタッフです。
 さらに、2014年に官房に設置された、中央省庁の幹部官僚の人事を一手に引き受ける「内閣人事局」が、官房の権力をさらに強大なものにしています。
 官房副長官、秘書官、補佐官など首相側近が、首相と、言わば密議をこらして国政を動かしているわけです。そして、「官邸官僚にと呼ばれる彼ら一群は、その結果に責任を負いません(負うのは政治家です)。まさに、「闇の権力」です。
 安倍政権は側近政治によって行政府へ権力を集中させ、行政府内の首相の権力を高めているのです。

行政権優位   佐藤
 安倍さんは「日本国家と日本人の生き残り」のためにがんばっていると、私は見ています。
 彼が「悪夢のような民主党政権」と繰り返すのは、けっしてレトリックではなく、本当にそう思っているからです。あのままでは日本は崩壊するところだった、それをギリギリのところで自分が救い出したのだと、「危機のリーダー」を自任しているのです。
 今も、危機的状況は続いているという意識が政権内、とりわけ官邸官僚のなかで日常化しています。実際、2017年9月の総選挙で、「国難突破解散」というキャッチーなフレーズを使って、危機を演出しています。
 安倍首相には、危機には迅速に対応しなければならない、という意識が強い。一斉休校要請での独断が批判されたにもかかわらず、すぐさま中国・韓国からの入国制限を独断専行している。決めるのは自分だ、という思いが強いからです。
 問題は、政権発足時に比べ、明らかに行政権優位になっていることです。行政のトップである首相による独断専行や閣議決定を繰り返すなど、国会を軽視している。立法府における討論・承認という民主的手続きは民主主義の根幹であるのに、そこをショートカットしようとしているわけです。
 立法が軽視されれば、次に司法も、となるでしょう。行き着く先は、行政権が立法権、司法権よりも優位に置かれる国家「行政国家」です。これは気をつけないといけません。常に危機であるという意識で政治を行なうのは、ファシズム(独裁的で国粋主義的な政治思想・運動)の特徴であり、行政権優位から始まります。国家・民族の生き残りのためなら、ある程度許容される。「平時であればこういう治療はしない。今は非常時だからこの治療をする」と、正当化されてしまいます。
 とはいえ、行政権優位は、それを認める国民のニーズがないとできません。特に、民主主義国家では。このニーズを喚起させるのは恐慌や戦争であり、大地震などの災害やコロナ禍などの災禍です。緊急事態や危機には、素早い決断が要求されることから、強いリーダーやリーダーシップを求めて、行政権優位を容認する雰囲気が高まってくるものですが、まさに安倍政権にはこれがあてはまります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?