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大正琴『菊八重』(琴生流菊八重会/ふそう楽器)概略とその種類について


琴生流菊八重会は大正琴の全国組織を持つ流派(教室)としては後発(1981年結成)でしたが、勢力的な活動とピックアップを通さない生音の響きにこだわった独自の大正琴『菊八重』で気を吐いた流派です。一時は会員6万人を抱え、大正琴ブームが後退局面に入った平成22年でも会員3万人、講師約600名弱を数えていたといいます。

Wikipedia(ja)- 琴生流菊八重会

琴生流を率いた家元(加藤昭代)の著書『私の愛する大正琴』は昭和から平成にかけての第三次大正琴ブームとその背景を流派の側から描いた貴重な本であり、また大文字の歴史には載らない地方の高齢の女性達の音楽史を刻むものでもあるでしょう。

ただ、加藤家元は2021年( 令和3年2月7日とのご指摘を頂きました。大正琴さつき様、ありがとうございます)に亡くなられたようで、その前後に琴生流は流派としては幕を下ろしたらしいのです。合わせて母体であったふそう楽器も営業を終了したものと思われます。愛知県丹羽郡大口町には琴生流菊八重会の大きな自社ビルがありましたが、2021年に入って長期間人の出入りがなくなっていることがGoogleMapのストリートビューから見受けられ「売り物件」の看板が掲げられていることが確認できます。

公式サイト(ネットショップ)も2021年で消滅しており、X(旧twitter)に公式アカウントがありましたが2019年末で更新が途絶えています。

X(旧twitter) - 琴生流 菊八重会(大正琴)

現在では地域ごとなどの単位で分かれた琴生流系のグループがいくつかそれぞれに独自の活動を継続しているようです。大正琴協会の所属団体のなかにその現状の一端をうかがうことが出来ます。

公益社団法人 大正琴協会 - 所属団体

大正琴『菊八重』について

さて、それだけ大きな流派の琴だっただけのことはあって琴生流の「琴八重」琴はかなりの数が中古流通にのっており、オークション等にもコンスタントに出品があります。菊八重の大正琴は基本的なスタイルは同じで、使用される素材やパーツ、装飾でグレードが分かれていたのですが、公式サイトが無くなっていることから菊八重琴の情報を追うことが難しくなっています。このためなのかメルカリやヤフオクを眺めていると高級機が捨て値で売られていたり、またはその逆という例を目にしたりします。

このnoteでは会員専売で一般流通しない流派の大正琴は扱わない(というか資料不足で扱えない)つもりでしたが、琴八重は一般向けにも販売されていましたし、中古市場の現状からもいったんまとめておくと、いずれどなたかの役に立つこともあるかなと思い立った次第です。

ただ、オークション等で情報を妙な「活用」をされるのも微妙なので細かい値段は載せず、大まかなクラス分けだけ示しています。クラス分けは私が感覚的にやっているもので琴生流公式のものでは無いことは注意してください。そもそも部品・材料の仕入れ価格の高騰を受けて、少なくとも平成19年(2007年)には初級~中級機あたりまでの機種の値段が改定されています。

なお、琴生流は平成22年時点で月産100台ほどの大正琴を生産していたようです。個別のカスタムの相談も受け付けていて、他の流派にも大正琴を供給していたようですから細部の仕様が違うものは多数あることが予想されます。

今回掲載しているのは2000年代後半から2016年ごろまでにかけての機種で、そういった事情で虫食い状態のリストではあると思います。90年代やそれ以前のもの、通信販売用に卸していたらしい機種もあったようですが情報不足です。今後なにか資料が見つかったら随時追記するなり別項を立てるなりしていきたいと思います。

ソプラノ大正琴

― 入門機 ―
装飾を排したソリッドな印象のモデルで、かえってこのほうがが好ましいという方もいらっしゃるのではないでしょうか。ただ、最廉価の機種のMGがいきなり6万円近いところから始まるので、他社であれば十分中級機を伺うクラスということになります。

▶ F28MG
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 スプルス単板
 天板・胴・裏板 マホガニ単板
附属品
高級ハードケース、弦4本入、セルピック2枚

▶ F28RP
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 スプルス単板
 天板・胴・裏板 ローズウッド単板
  ローズウッド・牛骨
附属品
高級ハードケース、弦4本入、セルピック2枚

上記のデータのようにF28RPになると駒が中級機クラスと同じくローズウッド+牛骨になり、胴がローズウッド単板になりますから、そもそも入門機なのはMGだけともいえるでしょうが、装飾の部分でRS以降とはハッキリ差があるのでここで区切ってみました。

なお、菊八重のソプラノ大正琴はすべて6弦仕様です。

―  中級機 ―
このクラスになると装飾として天板・表板周辺に縁取り(バインディング・パーフリング)が施されるよになります。

F28OSの天板|バインディング(縁取り)はあるがロゴマークは白単色(右上のワンポイントは詳細不明)

一桁万円台後半からギリギリ10万円に届かないぐらいの間にいくつかの機種がありますが、素材と採算の問題からか廃番と新登場の機種が重なったのがこのクラスです。

▶ F28RS
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 スプルス単板
 天板・胴・裏板 ローズウッド単板
  ローズウッド・牛骨
附属品
高級ハードケース、弦4本入、セルピック2枚

▶ F28OS
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 スプルス単板
 天板・胴・裏板 オバンコール単板
  ローズウッド・牛骨
附属品
高級ハードケース、弦4本入、セルピック2枚
備考
材料の関係で廃番

▶ F28KS
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 スプルス単板
 天板・胴・裏板 楓単板
  ローズウッド・牛骨
附属品
高級ハードケース、弦4本入、セルピック2枚
備考
材料の関係で平成29年ごろ廃番、替わってF28TKが登場する

▶ F28TK
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 スプルース
 天板・胴・裏板 竹
  ローズウッド・牛骨
備考
材料の関係で平成29年ごろ廃番になったF28KSに替わってを採用した機種

入門機に位置づけたRP、そして中級機のRS、OSは中古市場で大変よく見る機種です。個人的に楓単板をつかったF28KS、それと入れ替わりで登場したF28TK(これTaKe=ですよね)は配色も独特でどんな音なのか一度使ってみたくはあります。

相場にもかなりの幅がありますが、種類の数があり、それぞれのコンディションも様々で、コンスタントに市場に出てくるので焦らずじっくり選ぶ価値がある大正琴といえるでしょう。

―  高級機 ―
さて、高級機クラスです。ここからは価格が二桁万円の大台に乗り始めます。天板のロゴマークが螺鈿細工です。(初級機だとロゴはシール(白)貼り)

F28JSの天板|バインディング(縁取り)と螺鈿細工のロゴマークが分かる

表板がドイツ松単板になったり、駒が「パール貝・牛骨」「べっ甲・象牙」といった希少な自然素材が登場したりします。ただ、それが音にどこまで影響があるのかは分からないというのが正直なところです。

菊八重 F28JSの駒(ブリッジ)| パール貝+牛骨

ヘッド周辺、ペグに用いられている樹脂素材も透明感のあるものになり、金具の装飾もきらびやかなものになっています。さらにHS以上だとオレンジの色がつきます。

菊八重 F28JSのヘッド・ペグ周辺

▶ F28JS
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 ドイツ松単板
 天板・胴・裏板 ホンジュラスローズ単板
  パール貝・牛骨
附属品
高級ハードケース、弦4本入、セルピック2枚

▶ F28HS
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 ドイツ松単板
 天板・胴・裏板 ハガランダ材 → ココボロ単板
 駒 パール貝・象牙
附属品
高級ハードケース、フルセット弦入、べっ甲ピック1枚・セルピック1枚、ゴムカバー(大)
備考
当初は表板以外はハガランダ材で作られていたがワシントン条約(希少動植物の保護のため輸出入を禁止・制限した国際条約)に指定されていることから良質の材が確保できなくなり、途中から変更されている。

▶ F28AS
鍵盤数
 28鍵
材質
 表板 ドイツ松単板
 天板・胴・裏板 ハガランダ材 → ココボロ単板
  べっ甲・象牙
附属品
最高級ハードケース、フルセット弦入、べっ甲ピック1枚・セルピック1枚、ゴムカバー(大)・(特大)
備考
当初は表板以外はハガランダ材で作られていたがワシントン条約(希少動植物の保護のため輸出入を禁止・制限した国際条約)に指定されていることから良質の材が確保できなくなり、途中から変更されている。

およそ10万から30万のクラスになりますが、値段もさることながら中級機と違うのは素材が変更になっても型番がそのまま維持されていたことですね。それが「ブランド」と言うことなのかもしれません。

― 最高級グレード(オーダーメイド大正琴)―
最高級グレードとしてましたが、これは一つのモデルというよりはある程度の幅をもってユーザーに提示されるセミオーダーのサービスです。

▶ F28AAA
鍵盤
 28鍵
材質
 表板 ドイツ松単板
 天板胴・裏板 ホンジュラスローズ単板
  べっ甲・象牙
付属品
高級ソフトケース、フルセット弦入、べっ甲ピック1枚、セルピック1枚、ゴムカバー(大)、(特大)

オーダーメイドの完全受注生産品(完成までに3~5ヶ月)で、「サウンドホールのデザインを5種類の中から選ぶことができる」「天板に名前を入れる」(ローマ字のみ)などができたようです。なお、発表されている5種類以外のデザインのサウンドホールの琴をみたこともあるのでかなり細かいカスタムを受け付けていたのではないかと思われます。

ASと同じく駒の素材に象牙・べっ甲が並んでいるなど選び抜かれた素材に、細やかなカスタムと合わせて基本的なお値段は50万を超えていて、私が現時点で知っている中では一番高価な大正琴です。

アルト大正琴・ベース大正琴

琴生流のWebショップのアーカイブに載っていたのは以下の2機種だけですがOEM先と思われる他の流派の情報を見る限り、これ以外にもバリエーションがあったものと思われます。

▶ F28AL(アルト)
鍵盤数
 28鍵
弦数 2本
材質
 表板 スプルス単板
 天板・胴・裏板 マホガニ単板
  ローズウッド・牛骨
付属品
高級ハードケース、アルト弦セット、セルピック2枚

▶ F28BS(ベース)
鍵盤
 28鍵
弦数 1本
材質
 表板 スプルス単板
 天板・胴・裏板 マホガニ単板
  ローズウッド・牛骨
付属品
高級ハードケース、ベース弦セット、セルピック2枚

菊八重のオプション類

琴生流は解散し、ふそう楽器も営業を終了していますが、弦についてはゼンオンの弦が使えます。(短めのスズキの弦では3-4弦が厳しいです)

また、和楽器生活というオンラインショップが菊八重の弦の後継モデルを扱っていてそちらのネットショップやAmazon等への出品から購入することが可能です。使ってみたのですが良い感じで鳴ります。べっ甲製の菊八重のピックも取り扱いがあるようです。

菊八重のオプションには次の写真のようなゴムカバーがあり、これを任意の鍵盤につけることで自分好みの弾きやすさにカスタムすることが出来ました。いくつかの形状があり、実際これによってかなり弾きやすくなるのですが、いまのところこのゴムカバーの代替品は見つけられていません。

菊八重の鍵盤用ゴムカバー(オプション)

菊八重琴の生産が終わっている以上登場は難しいでしょうが、これらのゴムカバーは再生産されないかなと祈るところです。

雑感

私は大正琴を膝の上においてギター的なピック弾きをしていることが多いのですが、この菊八重に関してはちゃんとした机や台の上に置き、新しい弦に張り替えて、硬めのピックで、ギター的に手を琴につけるのでなくちゃんと浮かせて大きなストロークで弾いてやらないといけないと思います。

もちろんそういう弾き方をすればどんな大正琴でもしっかりと鳴るわけですが、こと菊八重についてはそのときに鳴る音がとても素敵です。

ただ、結構個体差があるというかハワイ製の高級ウクレレなどもそうですけれども、ほったらかしのメンテナンスフリーでも大丈夫という工業製品的な精度を求めるのは筋違いで、これらの琴の魅力を引き出すためには工芸品としての付き合いを求められるところはあるように思われます。

流派が解散して日が浅いという事情もあり現時点では中古市場にも潤沢に供給されているので興味があられるなら一つ、よいものを探してみるのはいかがでしょうか。

流派外の人間としては生の音にこだわられた琴であることを尊重しつつ、ピックアップの装着については試してみたいと思っております。いずれまた。

(2024/02/01 第1版 公開)

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