免疫システム(生命を維持する軍事力)「コラム」
私たちの体の中は、常に体の外から取り込まれる微生物や物質と戦っています。
まさに、SFのような世界がそこにはあります。
この免疫システムを、軍事力のような視点で考察、解説していきます。
そもそも免疫とは何か
生体内で病原体などの非自己物質やがん細胞などの異常な細胞を認識して殺滅することにより、生態を病気から保護する多数の機構が集積したものです。
要するに、生命体が、自分の中に入ってきた自分以外の生命体や、おかしくなったり、問題を起こしてしまうような細胞を認識して、やっつけてしまう仕組みです。
この免疫ですが、中身を知ると、極めて高度な仕事をしていることが分かります。
この免疫システムは、極めて精密かつダイナミックな情報伝達システムによって、体の中の細胞や組織が複雑に連携しています。
しかも、この免疫システムは、ウイルスから寄生虫まで実に広い範囲の病原体を感知することが可能です。
そう、大小いろんな病原体を識別できるばかりか、体の中の60兆をこえる数の細胞が、自分にとって利益になるか不利益になるかも判断し、殺滅するかどうかをジャッジしている訳です。
生物は、自分の外から物質を取り入れたり吐き出したりしながら生命維持をしています。
その中には、酸素分子や水分子以外にも薬物や化学物質など様々なものがあります。
それら小さな分子を排除するのには、肝臓の酵素が働きます。
免疫システムは、これら化学物質よりも高分子であるタンパク質や侵入した病原体を排除するために働いています。
高分子タンパク質は、細菌やウイルス、蛇の毒や蜂の毒がこれにあたります。
とにかく、生物にとって毒や害になる物質の排除を目的とした機能のうち、大きめ「複雑」なものを免疫というシステムが担っているという事になります。
これは、生命が長い進化の過程で獲得した「テクノロジー」そのものです。
積み上げられた技術と言っていいでしょう。
免疫システム
では、人間の免疫システムは、どう高度なのか。
ここからは、私たちの体にある免疫システムを地球防衛軍として考えてみます。
ここでは町や集落といった「コロニー」が体細胞と考えましょう。
60兆個の細胞で出来ていると言われているので、60兆の町や集落があるの世界ということにしましょう。
体の中には、3つの免疫が存在します。
自然免疫
ミエロイド系細胞という細胞で、好中球やマクロファージがそれにあたります。
ナチュラルキラー細胞という病原体を食べる免疫細胞です。
一般的に白血球と呼ばれる細胞です。
国でいうと、基礎的な防衛力になります。
ここでは、少し違いますが、交番にいる警察が乗ったパトカーということにしておきましょう。
水上警察なら、パトロール船、空中ならパトロールヘリという所でしょうか。
彼らは、市民にあたる細胞の外見を観たり、怪しい行動をとる細胞を見張っています。
とにかく、悪そうな人物や組織がいたら排除する様な免疫細胞です。
要するに、だれでも分かる常識的な範囲の善悪の判断は出来る細胞という事になります。
しかし、口がうまい人物や、プロのスパイ組織は見抜くことが出来ません。
さらには、いい人ではあるものの、顔が怖いだけの人や、半グレ組織や、本当は良い人ばかりの悪役商会のような見た目悪そうな組織を間違えて殺してしまいます。
獲得免疫
獲得免疫は、B細胞とキラーT細胞という2つの細胞(リンパ球)が存在します。
キラーT細胞は、病原体になる細胞を直接殺します。
この細胞は、特殊警察とか軍隊にあたります。
彼らは、自然免疫とちがい、組織的です。
組織的というのは、情報統制がなされているということです。
キラーT細胞は、上からの情報や、共有された情報(つまりノウハウ)によって、闇に潜む悪い組織や、洗脳されてしまった細胞も探し出し殺します。
要するに、自然免疫「警察」ではカバーしきれないものに対応します。
実際には、毒素分子や小さな病原体、そしえて細胞の中に入り込んだ病原体がターゲットです。
リンパ球は、抗体を作って、攻撃します。
この、「抗体」については、後に説明しますが、攻撃方法でいうところの、砲弾やミサイルのようなものです。
飛び道具といった所でしょうか。
この獲得免疫系という軍隊の特徴をまとめると、
特異性:病原体を見分けることができる。
獲得免疫は、武器の種類や、攻撃の属性やカテゴリを見分けることができます。
多様性:どんな敵でもやっつける能力がある。
獲得免疫は、ほとんどの場合、武器の能力で負けることはありません。
物量的に相手が上回っていたり、未知の戦略には対応できない場合もあります。
自己寛容:自分の身体は攻撃しない。
獲得免疫は、自然免疫とちがって、見た目だけで判断しません。
したがって、自分達の仲間を誤って攻撃することは基本的にありません。
これは、外敵のリストや情報を、組織的に共有するシステムが担っています。
免疫記憶:同じ攻撃は通用しない。
獲得免疫は、病原体と一戦交えると、その戦闘における情報や、病原体の識別情報を記録します。
戦闘中に、敵の軍事情報をリサーチし、有効な攻撃手段とその戦略情報などをデータベースに記録し、軍の情報ネットワークによって共有できるシステムを構築します。
このノウハウやナレッジベースによって、敵を瞬時に殲滅します。
どうやって病原体を見分けているのか?
病原体のうち、免疫反応を起こすもととなる病原性物質を「抗原」といいます。
キラーT細胞やB細胞は、抗原受容体という分子を表面に出しています。
この抗原受容体というのは、我々の知る観測装置にあたります。
兵器に搭載しているレーダーや、赤外線カメラ、暗視カメラ、ソナーのようなもです。
目の様な役割に相当します。
したがって、レーダーやカメラによって観測した情報から、クラウド上に接続されたデータベースと即座に照合し、敵のカテゴリや戦略、攻撃方法などを、なんと1/1000秒という短い時間で判断します。
(1/1000秒は冗談ですw)しかし、近い事を行っています。
レーダーや監視カメラのような観測装置の役割は、樹状細胞「マクロファージ」という細胞が行います。
アメーバのような細胞です。
樹状細胞は、病原体を体に取り込んで、リンパ節というところまで持っていきます。
リンパ節の中で、樹状細胞は病原体の情報をヘルパーT細胞に伝えます。
T細胞には、キラーT細胞、ヘルパーT細胞、制御性T細胞
の3種類あって、れぞれ役割があります。
キラーT細胞は、樹状細胞から抗原情報を受け取ると、ウイルスに感染した細胞や、がん細胞にとりつき直接的に排除します。
キラーT細胞は、特殊部隊のような役割を果たします。
ヘルパーT細胞は、樹状細胞やマクロファージからの異物の情報(抗原情報)を受け取って、サイトカインなどの免疫活性物質などを生産し、攻撃の戦略をたてて指令を出します。
コマンダー(司令官)の役割ですね。
ちなみに、サイトカインとは、情報伝達物質で、これが軍の情報システムになります。
要するに軍事用プロトコルです。
サイトカインは、軍に対して、増員せよ、攻撃せよ、待機、自爆しなさいと言った、様々な指示を出します。
したがって、人工的にサイトカインを体内に入れると、一時的な免疫強化が可能になります。
また、これを利用し、がん免疫治療などに使われる「サイトカイン療法」が存在します。
制御性T細胞は、キラーT細胞などが、正常細胞にも過剰な攻撃をしないように、キラーT細胞の働きを抑制したり、免疫反応自体を終了に導いたりします。
キラーT細胞は、正常細胞も攻撃対象にします。
ある意味、見方であっても、不正を働くものや、裏切り者を排除できるという強力な権限を持っています。
もし、私たちの知る航空母艦がエイリアンによって洗脳されるような事態になったとしても、T細胞は、航空母艦ごと撃沈してしまうでしょう。
こういった権限というのは、緊急事態には大変意味のあることですが、逆に危険性もはらんでいます。
したがって、これを回避するための、審査会の様な機関が、制御性T細胞という事になります。
制御性T細胞は、観的に戦況を見極め、攻撃の配分を減らしたり、やる気満々でいきり立った部隊に撤退命令を出す権限をもっています。
次にB細胞について説明します。
外敵に感染した細胞に直接攻撃するのがキラーT細胞でした。
対して、B細胞は、抗体を生産し、間接的に防衛を行う免疫細胞です。
抗体とは、B細胞の生産する糖タンパク分子で、特定のたんぱく質などの分子「抗原」を認識して結合する働きを持ちます。
この抗体によって外敵は無毒化(無力化)されます。
私たちが知っている武器もそうですが、メカニック「機械」というのは、臨機応変に動いてくれません。
弾丸を発射するにしても、ミサイルを発射するにしても、なんとなく発射することはできません。
弾を充填し、狙いを定めて、トリガーを引いて、火薬が爆発し、弾が弾道を通って発射されて初めて武器として機能します。
要するに、そのどこかのプロセスを阻害されると弾は発射できない。
メカニックとは、本来そういうものなのです。
この抗体というたんぱく質は、たとえば、弾丸の大きさを変えてしまったり、火薬の量を変えてしまったりするのと同じ効果がある訳です。
B細胞は、ヘルパーT細胞(コマンダー)から攻撃指令を受けると、該当する敵の戦略情報を受け取ります。
受け取ると即座に形質細胞へ分化し、抗体の生産を始めます。
そして、外敵は、その地雷の様にばらまかれた抗体と結合して無毒化(無力化)されます。
抗体は、敵の武器や動きを封じると同時に、敵であるというマーカーを付けます。
そうやって無毒化された外敵は、T細胞やナチュラルキラー細胞に食べられてしまいます。
免疫記憶
B細胞は、形質細胞になって抗体を生産すると同時に、別のB細胞が、記憶細胞として残ります。
これが免疫記憶です。
免疫に対して、同じ攻撃が通用しないというのは、この機能によるものです。
軍隊でイメージすると、コマンダーから攻撃艦隊に指令が渡り、艦隊では敵に対して専用の武器が開始されます。
これは、近未来のイージス艦のようなものです。
イージス艦の中では、3Dプリンターのような高度な工作機械が搭載されており、クラウド上にある戦略情報から自動的に最適な武器設計が行われます。
そして、その設計を元に、工作機械が専用の武器を新たに生産し設置します。
そして、その専用の武器は、敵を確実に追尾し、破壊するのです。
トマホークや、追尾ミサイルのようなものでしょうか。
これと同時進行で、戦略情報から作成された武器情報は、クラウドネットワークに送られ、即座に、全艦隊で専用の武器が生産され、攻撃が開始されます。
実際には、全艦隊(全戦力)ということではありません。
その武器を作るのが得意な一個大隊が担当することになります。
しかも、比喩として表現した「クラウドネットワーク」というのもあながち間違っていません。
免疫システムは、敵にあたるウイルスや細菌などのデータを中央管理しているわけではありません。
体中に存在するメモリーB細胞が、様々な戦略データを分散して管理しています。
ある司令塔が破壊されたとしても、この免疫システムは、びくともしません。
我々の知るインターネット上のクラウドコンピューティングと同じ強固なシステムが構築されている訳です。
しかし!
この最強の部隊である、B細胞も万能ではありません。
敵の中には、定期的に武器の仕組みを変更する猛者も存在します。
SFスタートレックに登場する、マルチフェーズシールドに当たります。
マルチフェーズシールドは、位相を変えながら攻撃をかわすテクノロジーです。
これがかなり厄介です。
そして、免疫システムが作った専用武器が軒並み使えなくなっていくという事態になります。
ウイルスやガンとのハイテク戦争
HIV「エイズ」は、人間にとって最も脅威となるウイルスの一つですが、免疫システムによって、抗体は作成されるものの、その攻撃が通用しません。
そればかりか、本来、ウイルスなどから体を守るはずの抗体が、免疫細胞などへのウイルスの感染を促進させてしまう事態を起こします。
こういった状態を、ADE(抗体依存性増強)と言い、抗体によって、HIVを無害化したはずが、無害化が不完全なままになり、そのまま免疫細胞がHIVウイルスを取り込んでしまい、二次感染してしまいます。
これによって、免疫システムは、サイトカインストームを起こす可能性もあります。
サイトカインストームとは、免疫が暴走した状態です。
免疫システムは、不必要に、大量の兵器を送り込んでしまいます。
いくら性能のいい免疫分子でも、大量に生産されると、正常な細胞に大きなダメージを与えてしまう事になります。
しかも、この大量の武器や部隊の移動は、体の交通網である血管に流れ込むことになります。
これにより、血管が大渋滞してしまうことになってしまいます。
戦闘激化によって、体の経済システムまでダウンしてしまうという訳です。
それにつづき、電気やガスといったインフラに相当する人体機能も停止。
これによって、体内の工場は生産がままならなくなり、都市自体の機能すなわち、体の生命維持機能をどんどん停止していくことになります。
これが、過剰炎症反応となって、多臓器不全を起こすメカニズムです。
多臓器不全を起こすと、防衛そのものも出来なくなるため、一気に多様なエイリアンに侵略されてしまう事になるでしょう。
このサイトカインストームは、抗体の生産不足が原因にあると言われています。
栄養価の低い場合にも起こりやすいADE(抗体依存性増強)
戦力そのものが低下すると、免疫の判断力も低下し、ドミノ式に戦力を失う事態になるという具合です。
つぎにHIVは、免疫システムの司令官であるT細胞にも感染することが可能です。
そして、やがて司令官を失った免疫システムは、弱体化していきます。
結果、免疫不全「免疫自体の機能停止」を起こして、完全に防衛力を失ってしまう事になります。
これらの攻撃方法は、まさにハイテク戦争です。
軍事における、情報戦といってもいいかもしれません。
実際の軍事技術で言う所の、ステルス技術や、情報ネットワークに侵入し
攻撃を仕掛けるものに類似しています。
いくら攻撃力の強い武器「ハード」を生産することが可能だとしても、それを動かす人間や、ソフトウエアをコントロールされてしまっては、どうしようもありません。
したがって、HIVをはじめとするウイルスは、司令官を買収し、軍の統制を混乱させることから始めます。
情報伝達においても、ジャミングを行ったり、目に見えないように遮蔽するといった戦略をとるものも存在します。
これを、効率的に行うのが、がんです。
免疫チェックポイントという、免疫を停止させる偽情報を、免疫の情報ネットワーク上に流し、その間に大量に増殖するという戦略を使います。
ここから、防衛という角度でお話していきます。
人体の免疫系を、防衛と捉えると、大きく3つの防壁に分類することが出来ます。
一つは、
機械的防壁
私たちの皮膚や、卵の殻などは、機械的障壁の一例です。
感染に対する防衛ラインの第一線に当たります。
皮膚によって、ほとんどの感染因子を物理的に遮断するものです。
地球防衛感覚で例えるなら、大気圏での防衛線になります。
実際には、大気圏そのものが、物理的な防壁になりますが、迎撃ミサイルや、衛星による電磁シールドなどが、これにあたります。
もしかすると、トラクタービームのようなもので、順に排除しているかもしれません。
人間であれば、くしゃみや涙に相当します。
これによって、外部からの病原菌などを機械的に追い出します。
つぎに、
科学的防壁
人間の皮膚は、常に弱酸性に保たれています。
さらに、涙や唾液、母乳には、抗菌物質である酵素なども含まれています。
こういった科学的に毒性のある物質によって、外敵を遮断します。
特に科学的防壁については、口から入れたもの「食べたもの」が、食堂を通って胃にうつり、腸を通って、栄養分を接種し、排泄されます。
この行動は、生物にとって必須であると同時に、かなりリスクのある行為です。
例えるなら、エイリアンとの貿易する場合、リスクを最小限にするために、出島を作っているとイメージできます。
出島で貿易するとはいっても、国内に入れてしまう事に違いがありません。
したがって、口に入れたものは、強力な監視下に置かれ、悪いエイリアンは、塩酸を掛けられ酷い目に合う事になります。
つぎに、
生物学的防壁
私たちの体の中の5%は、私たちではありません。
要するに、体の中の5%は、細菌や寄生虫、ウイルスなどで出来ています。
私たちは、沢山の外来生物と共生している訳です。
この共生しているエイリアンが、他の悪いエイリアンの居住地を奪います。
エイリアンすらも利用して防衛力を強化しているという訳です。
防衛に最も重要なのは、識別する機能そのものです。
細胞には、レセプターと呼ばれる受容体が存在しています。
これは、バーコードや、顔認証などと同じような認証機能です。
これによって、仲間なのか、外敵なのかを区別するわけですが、どれだけ、その認証機能が高機能であったとしても、経済的効率の中では、それを完全なものにすることはできません。
人間の世界も、免疫システムのようなミクロの世界も、結果同じ問題を抱えているという事が言えるのかもしれません。