真壁有希子が立ち向かった、二つの「完璧な人生」(「緊急取調室」3rd SEASON)

※本稿は、連続ドラマ「緊急取調室」3rd SEASONの各話及びシリーズ全体の結末に触れている部分があります。先入観なく作品を楽しみたい方は、是非、ドラマ鑑賞後にお読みください。

 天海祐希演じる取調べの鬼、真壁有希子警部補を主人公とした人気刑事ドラマシリーズ「緊急取調室」。本稿では、二〇一九年に放送された3rd SEASON(テレビ朝日)について、特に「ジェンダー」という観点に着目しながら、読み解いていきたい。

 第一話、真壁は女性警察官として史上初の警視庁刑事部参事官に登り詰めた菊池玲子と対決する。かつて、女性としての「完璧な人生」を目指すため、男に頼らない生き方を選ぶよう、よりにもよって亡夫の葬儀で迫った菊池に、真壁は複雑な感情を抱いている。その菊池が立てこもりの現場に単身踏み込み、犯人を射殺。人質を守るためにやむを得ない措置だったと堂々たる弁明を展開する菊池に疑いを抱く真壁。その結末は、あまりにも苦いものだった。
 菊池参事官を演じた浅野温子の刑事役と言えば、なんといっても「沙粧妙子 最後の事件」(一九九五年、フジテレビ)だろう。犯罪プロファイリングのプロフェッショナルとして、自らも精神に傷を負いながら異常犯罪に挑む異色の女刑事は、組織の頂点に立つことで、バカな男に支配されない完璧な人生を歩まんとする女性初の参事官とは似ても似つかぬ役柄だが、浅野はこの二人を結びつけるような、静かで冷たく、それでいてどこか不安定な激しさを感じさせる演技プランを選んでいる。そしてそれは脚本・井上由美子が求めた菊池玲子像でもある。サスペンスの格となる参事官の射撃下手や、冒頭に登場する毒殺魔・北山未亜(吉川愛・演)の奇矯なふるまいは、猟奇殺人鬼との対決を描いた「沙粧妙子」とのつながりを感じさせる憎い演出だ。……と、思っていた。吉田鋼太郎が真犯人役として登場する、最終エピソードを観るまでは。
 今シーズン、完璧な女性キャリアの挫折を目の当たりにした真壁が相対する被疑者たちは、ほとんどが女性だった。魅力的な女性犯罪者たちとの熱戦は華やかで愉しいが(僕は第四話で「操りものミステリー」のお手本のような「危険な弱者」を演じた鷲尾真知子と、カボチャのスープに凶器を溶け込ませる専業主婦役の真野響子の怪演が特に忘れがたい)第一話の菊池玲子の挫折が常に重くのしかかってもいる。
 女性たちの濃厚なドラマ、フェミニズムという重たいテーマを三作目にして果敢に取り入れてくるとは、「人気シリーズ刑事ドラマ」おそるべし……と、唸りながら観ていたら、最終エピソード直前にやっと男性被疑者が登場した。カリスマ的な人気を誇る女性社長を殺害したのは、会社で邪魔者扱いされている、かつての人気専属コピーライターだった。彼がつくった「居場所」を支えに生きてきた男たちが彼の犯罪を隠蔽せんと画策する。ただそれは、とても小さな目的を果たさんとするための、健気な時間稼ぎに過ぎなかった。
 強く賢い女たちが毅然として座ってきた「取調室」に、あまりにもか弱い三人の男たちが招かれたことに「おや?」と首をかしげたところで、今シーズン最後のゲストとして登場するのが吉田演じる元・中学校長の染谷巌だ。 誰もが敬う人格者。台風災害により妻と教え子を失った彼は、「命の大切さ」を伝える講座を廃校となった校舎を用いて続けていた。そんな染谷が、自分が最も大切にしていた二人の代わりに助けた命が、ともに殺人の被疑者として逮捕されるという事態に真壁は苦悩する。そしてそのひとりが、浅野温子を招聘するために配置されただけと思われた毒殺魔・北山未亜だった。
 吉田鋼太郎はこのドラマで、男の弱さがネガティブに暴走した存在を丁寧に演じている。数千人の生徒を教え、立派に定年まで勤め上げた男。後は妻を愛しながら、地域のために働きながら、残りの人生を幸せに生きていこうとしていた男を、一瞬の激しい感情が襲う。都会で失敗し、地元に帰ってきた若い教え子。若い、女。その女を、老いた男が愛してしまう。もちろんまだ何も起こっていない。二人の間に、糟糠の妻を裏切るような関係はまだ生じていない。ただ一度だけ抱きしめた。その現場を、二人の若者に見られてしまう。豪雨の中、妻に乞われて救ってしまう二つの命は、男にとって、自分を責め続ける永遠の「視線」となる。この「視線」が怖くて、染谷校長は罪を犯していく。最後には、無関係の若者の命を奪うほどまでに、この「視線」から逃れられなくなっていく。
「緊急取調室」第三シーズンは、毒殺魔・北山美亜を接点に、ふたつの「完璧な人生」を並べて見せる。ふたつの、挫折した「完璧な人生」。しかしその受け入れ方は対照的だ。
 菊池玲子は唐突に自供する。自身の完璧な人生の挫折を、相容れない思想を持つ「女性」である真壁の手でもたらされるのは耐えられないと、自ら手折る。そのうえで、犯罪者として生きることを受け入れる。
 対する染谷巌は、最後まで抵抗する。そんな人生を送った人間であることを否定するため、「完璧な人生」が挫折したことを嘲る「視線」から逃れるために、自らの命を絶とうとする。彼はひとりでは挫折できない。彼が「完璧な人生の挫折」を受け入れるためには、真壁有希子の力が要る。

「緊急取調室」3rd SEASONで展開された「完璧な人生二つが挫折する物語」。天海祐希がとにかくかっこよく活躍する人気刑事シリーズに、シリーズ脚本家・井上由美子がその剛腕を持って仕掛けた「ジェンダー評論」の試みを、是非、ご賞味いただきたい。

※本稿は、『ますく堂なまけもの叢書⑨ おっさんずラブという未来予想図~革命の、その先へ~』に掲載された「黒澤武蔵という「新男性」──あるいは、男・吉田鋼太郎の挑戦」より「緊急取調室」について触れた部分を抜粋・再構成したものです。

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