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ZIZY

法事で帰省してきた。さいきん下の子どもが俺の父と仲がいい。

わりと人見知りする子なんだけども、父の膝にはすんなり乗ったりする。

母の話では、俺もかなり自分の祖父と仲が良かったらしい。

たしかに祖父の車で色々な場所に連れ出された記憶があり、思い出せる会話もいくつかある。




母の言葉で、

「おれは弟たちを育てるために学校に行けなかったせいで勉強はできないが、頭が悪いわけじゃない」

と叫びながら庭の木にひたすら正拳突きしていた祖父を、急に思い出した。

祖父は俺が12歳の時に酒と煙草のやり過ぎで亡くなった。

母と叔母は泣き、俺はイトコと一緒に真っ暗な病院の待合室でぬるくなったマウンテンデューを飲んだ。




祖父の手はローズウッドのように赤黒く、硬くてデカかった。

いつだって同じ木を殴り続けていたので、木の方も皮がめくれていつも恥ずかしそうに見えた。

祖父はいつも満足いくまでひとしきり正拳突きをした後「タケシもやってみろ」と言うのだが、何度言われても絶対にやらなかったし、俺の名前はタケシじゃない。

やがて祖父は、肉体の衰えに合わせて正拳突きの時間を徐々に減らし、その時間を爆音で草笛を吹く活動に充てるのだった。




祖父はなぜかやたらと草笛がうまく、むかしは天皇の前でも吹いたことがあるという、嘘にしては嘘っぽすぎる発言までしていた。

近所の公園では独特なリズムと美メロを武器に、草笛の射程圏内の子どもを手当たり次第呼び寄せ「俺は有名女優Aの爺ちゃんだ。」と言って尊敬を集めまくっていたらしい。

かなり充実したセカンドライフだったとは思うが、俺はそれを同級生の妹から聞かされて、本当に恥ずかしかった。

ちなみに有名女優のAはたしかに俺のハトコにあたる存在ではあるが、正確に言えば祖母の家系の親戚であるからして件のじじいとは一切血の繋がりはない。

草笛のじじいは草笛のじじいとして、完全に単独の者である。




祖父は昔から名誉欲の塊であったのだが、晩年は先に述べたような方法を使い、存在しないガムを噛み続けるような超魔術で脳内麻薬を出し、満足感を得ていた。

考えてみれば俺のじじいは錬金術師のような方法で人生をエンジョイしていたように思い、そのサスティナビリティさに慄いてしまう。

自分はこのような爺さんにならないように生きてきたつもりだったが、最近は明らかに精神性において似てきた部分がある。困る。

今日からは気持ちを新たにして、日々努力していこうと思う。




とはいえ、俺は爺さんのことをリスペクトしている部分もある。

俺はあれほど大きく優しいローズウッドの拳も持ってないし、その辺の草から爆音のサウンドをぶっ放すスキルもないし、超魔術も錬金術もない。脳内麻薬も人並みである。

戦後の日本で幼い弟と妹を守りながら生き延びた生命力とか、許嫁もいた良家の娘の祖母を掻っ攫って左官屋として成功した馬力とか、ちょっと信じがたいスペシャルさがある。

あの世で会ったらまたきっと「タケシは痩せすぎだから運動しろ」みたいなことを言ってくれるだろう。

かわいい孫のことを思って言ってくれてるのはわかるけど、俺の名前はタケシじゃないし、祖父は学校に通っていたとしてもきっと孫の名前を覚えないだろう。

じじいのことだけで1000字以上書いてしまった。不本意である。










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