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Je!Je!Je!

ずっと黙ってたけど、街の中華屋が好きだ。

俺は個人経営の中華屋を目ざとく見つける特技を持っている。

この前入った中華屋では今だに素で「じぇじぇじぇ」を使っている大将に出会った。

正確には野球中継を観ながら、

「今のはストライクやろ~!じぇじぇ!」

と言っていた。俺の記憶からは、33%の減である。

もうしばらくしたら「じぇ」となり、そのうち跡形も無く消えてしまうのだろうか。




「じぇじぇ」に関してよりも定食が1500円に設定されていて少し驚いたが、

まぁ財布には2500円入っていたし、本物の中華料理にはそれ以上の価値があることを知っているので、俺は動じない。

街中華にはそそられるメニューが数多く存在する。

ラーメン、餃子、酢豚、回鍋肉、麻婆豆腐。

その中で俺は【豚肉の卵炒め定食】を頼んだ。

注文すべくおかみにこの料理名を唱えながら、なんで自分は中華屋まで来てわざわざ家でも作れそうなメニューをチョイスしたのかワケがわからなくなってしまう。

とはいえこういうときの注文は、全ては神の思し召しによるものだと聞いたことがある。(神の思し飯)




結論から言うとめちゃくちゃうまかった。

あまりに美味しそうに食べている俺に関心して、カウンター越しに大将が感想を求めてくる。

「口に中にお日様の香りがふわっと広がってとってもおいしいですぅ」と言うと、満足そうな顔で中華鍋を洗いはじめた。

卵はふわふわ、肉はぷりぷり。八角らしきものは確認できるが、数えきれないほどのスパイスがひっそりと俺の舌をいじめる。

メインディッシュの隣にはでかい小皿に季節の漬物と豚の耳が並ぶ。中皿よりは小さいので宇宙一でかい小皿であった。

極め付けはスープ。これが重たく濃厚で袋に詰めて筋トレでも始めたくなるし、そのあと出てきたプーアル茶の黒さは、むかし飼っていたハムスターの瞳を彷彿とさせる。

とても疲れが癒やされたし、どうやら自分は食レポが得意らしい。




ところでくだんの大将はというと、この日に会話しただけでも四川、北京、イリノイ、インディアナ、オハイオ、様々な場所で料理人をした後、30年以上この東京の店を続けているという。

このおっちゃん、いったい何歳なんだ。何気なく話してたおっちゃんが話してみたら経歴無限妖怪だった経験、ありませんか。たぶんそれです。

一方おかみはおかみで、上品で好奇心旺盛でピュア。素敵な人柄で、彼女が俺の髪型を褒めてくれたところから雑談がスタートした。

あんまり意識したことなかったけど、面と向かって褒められるとけっこう嬉しいらしい。またひとつ自分に詳しくなる。




大将もおかみも、駅前商店街のチェーン店化を憂いていて、最近じぶんが考えていることとリンクした。

こんな街を作ってしまった原因は自分たちにもある、と大将は言っていた。そろそろ気付いてもいい頃なのかもと。

「あの頃は良かった」なんて言葉は「お前ら下の世代より俺たちの世代の方が恵まれてるんだ」っていうマウントに過ぎない。

下らない自慢話はドブに捨てるほど聞いてきたけれど、この前同い年の人間が後輩に同じように語っていて、めちゃくちゃがっかりした。

結局、俺たちはまだそんなレベルの場所にいるみたいなので、こんな話をしてる間にも、また新たなコンビニが着々と作られていく。




名盤の一曲

料理の一皿

小説の一文



意思を持って作られたものはみな美しく、残るものならずっと残しておきたい。

自分が伝えられることは、ずっと伝えていきたい。

一つひとつを感じすぎると、幾千年の積み重ねを思い涙が出そうになる。

売上や効率を重視した社会が流行したおかげで、人口が爆発的に増えて産まれて来られたわけだけど、

そろそろ何か手を打たないと、美しいカルチャーはほとんど全部消えて無くなってしまうだろう。

古民家を潰して、真四角なマンションを使い捨てるなんてのはもうやめにしたい。




この夫婦の中華料理屋さんが続くためなら、日高屋の2倍の値段を払っても構わない。

そのためにならもうちょっとだけ頑張って働いても良い、最新型のスマホもかっこいい車もいらない。

だけどウチには子どもがふたりいるし、庭のない家には住みたくない。

意図に賛同できないものには加担したくないし、音楽とはずっと関わり続けたい。

これから先も、良い感じのバランスでやっていきたい。




はぁ、俺もなんだか熱くなって語ってしまった。

存在しない架空のマイクを奪い合って、いよいよヒートアップしていく俺と大将とおかみ。

激アツのMCバトルとは対照的に、どんどん冷めていく神の思し飯。

水はぬるく、スープは固くなった。両者の温度差はもはや無い。

置かれたお箸が「話が終わったら、起こしてね」と言ったような気がした。










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