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という話

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【という話】リスト https://note.mu/ichirikadomatsu/n/n8e1f09d10624 【「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話】リスト htt…
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「退屈な国」という話

「退屈な国」という話 #思考実験 日本がバランスを取ると、世界は均衡しないのではないか? ドル・ユーロ・円の三竦(さんすく)みなら、円が必ず負けてしまうような緩衝材であるほうが日本は安全です。 ***** 今年、広島はイスラエルを招待して、パレスチナを招待しませんでした。長崎はパレスチナを招待して、イスラエルを招待しませんでした。 広島/長崎のバランスは日本人としては、ふつうですが、先進国からすると異常です。 長崎でイスラエルが招待されないので、英国が出席を見送り

「体制」という話

「体制」という話 結果からでしか判断できない事象は多いです。 次の中華人民共和国の体制がどうなるか、予測してみましょう。 個人の政治体制は必ず終焉があるものとします。 ※政治的人生の終わりなのか、生物学上の死なのかは区別しないものとする。 さて、おっと誰かしら、こんな時間に。#joke ***** さて、一党独裁ならぬ一人独裁の次として、一番端的なのは恐怖政治でしょう。 ただし、この恐怖政治には「各国の市民革命のような後に」という注釈が付きます。 「市民革命」

「伊藤博文暗殺」という話

「伊藤博文暗殺」という話 悲劇なのは、伊藤博文も安重根も平和を望んでいたということです。 安重根は未完の著書『東洋平和論』において、韓中日三国による平和を述べています。 #一日不讀書口中生荊棘 * namu.wiki の安重根の項目を読んだのですけれど、日本国も大韓民国も思想が違うということです。 とはいえ、昨今の国際状況の危機的状況であれば、求同存異でしょう。大同小異ではなく。 〈伊藤博文暗殺について日韓の見解の相違〉 日本としては、韓国統監府が設置され、併合に

「マイナンバーカード導入」という話_24601

「マイナンバーカード導入」という話_24601 個人番号カード(マイナンバーカード)をスマートフォンに追加させるのを否定する意見もあるようです。 私などは「便利」だと思うし、カードを紛失しないので「安全」だと考えます。 (まあ行政をどれだけ信用するかによりますが……。) マイナ保険証に使えるのはとても便利で、いちいち病院で保険証を出すこともありません。 紙の保険証は不具合も多く、実際ザルで不正使用が多く考えられます。 * 一番の問題は、多くの人にとってカードという

【目次】「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話(16+36+号外2)

【目次】「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話(16+36+号外2) ↓こちらがオススメです♩ 4.「沈黙」という話(4)_17808【ザ・ミッション】 *****  興味を持たれたなら、きちんとした本を読んで勉強してくださいね。 【参考文献その他】「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話    * 1.「沈黙」という話(1)_17815  【イエズス会の成り立ち】  【それまでの状況】 2.「沈黙」という話(2)_17815  【武国日本】  【宗教

【参考文献その他】「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話

【参考文献その他】「沈黙」という話/「東アジアの思想」という話  興味を持たれたなら、きちんとした本を読んで勉強してくださいね。 【参考文献その他】※重複あり 1.「沈黙」という話(1)_17815  ○『沈黙【連載】田中泰延のエンタメ新党』   http://www.machikado-creative.jp/planning/47972/  ○遠藤周作『沈黙』(新潮社、1981年)  ○『旧約聖書』  ○『新約聖書』 2.「沈黙」という話(2)_17815  ○福沢

_【号外】『荀子』という話(1)_17911

_【号外】『荀子』という話(1)_17911  正義って何でしょうね。 『荀子(じゅんし)』に「義を正にして行う。これを行という」(※)とあります。『荀子』は今から二千年以上も前の書物ですから、正義はかなり古い言葉です。  ※『荀子(じゅんし)』「正名」に「正義而為謂之行」とあります。  それだけ古くからある言葉「正義」ですが、正義を行う人より、翻弄(ほんろう)される人のほうが多いのは何故でしょうか。  自分が思うより他人(ひと)はよく考えているものです。  少し

52.「東アジアの思想」という話(36)_17908

52.「東アジアの思想」という話(36)_17908 【唐の女】 《則天武后》 〈傾国の美女〉  唐の第二代皇帝太宗(李世民)は、貞観の治から大唐帝国を築きました。しかし、偉大であればあるほど継ぐ者は大変な労力を強いられます。  第三代皇帝高宗(李治)は若く病弱でしたので、太宗は死に臨み信任する高官に後見を託します。しかし、その高宗が皇后に選んだのは、太宗の後宮にいた才ある美しい女性武照でした。  いつものパターンですと、「前の王朝は、次代の王の幽閉・傾国の美女・諫言者

51.「東アジアの思想」という話(35)_17804

51.「東アジアの思想」という話(35)_17804 【四知】  後漢の楊震(ようしん)の言葉に「天知る、地知る、子知る、我知る」があります。楊震は博学でしたから「関西の孔子」と呼ばれました。この「関西」とは、函谷関(かんこくかん)から西を意味しています。  また、潔白な人だったので、賄賂を受け取りませんでした。「四知」――「天地の神々も、君も、私も知っている」ので、悪事は露顕するという訳です。  ちなみに、函谷関は要所であり、老子のモデルとされる老耼が尹喜(いんき)と

50.「東アジアの思想」という話(34)_17803

50.「東アジアの思想」という話(34)_17803 【三教】  三教とは、儒教・仏教・道教です。三教一致を諷する「三教図」という画題になっています。孔子・釈迦・老子が並んで描かれるなど、アブラハムの宗教では考えられない構図です。  ただし、儒教の孔子と仏教の釈迦が、それぞれ教祖だというのは間違いありませんが、道教の老子が教祖というのは、仮託です。  cf. 『30.「東アジアの思想」という話(14)』〈道教〉  儒学が、その教学である儒教とそれほど違わないのに対して

49.「東アジアの思想」という話(33)_17802

49.「東アジアの思想」という話(33)_17802 【仏教】 《中国の仏教》  仏教は、後漢初期には中国に流入していたようです。  儒教は現実的な教えですが、仏教は深遠です。教義も戒律も受け入れやすかったので、中央アジアに広がりました。  儒教は思想や生活まで支配していましたから、積極的な布教はできませんでした。やがて、後漢が衰えるようになり、仏教は中華に根を下ろしはじめます。  仏教は、泥中から蓮の花が咲く宗教ですから、そうした不安や混乱のうちに種が蒔かれたのでし

48.「東アジアの思想」という話(32)_17801

48.「東アジアの思想」という話(32)_17801 【南北朝時代】 《南朝》  南に逃れた東晋のあとの、漢人の四朝(宋・南斉・梁・陳)を南朝と呼びます。対して、北朝(北魏・東魏・西魏・北斉・北周)は異民族です。    * 〈六朝〉  呉(三国)の首都は建業(けんぎょう)です。東晋のときに建康(けんこう)と名を変えますが、場所は同じ今の南京です。続く南朝も建康を首都にしましたので、呉(三国)から陳までを六朝と言います。  ・呉(二二二年−二八〇年)  ・東晋(三一七年

47.「東アジアの思想」という話(31)_17731

47.「東アジアの思想」という話(31)_17731 【清談】 《党錮の禍》  後漢の桓帝・霊帝のときに、党錮の禍(とうこのか)という事件がありました。儒者でもある官僚が、汚職まみれの宦官による専断を咎めたのですが、逆に弾圧されてしまったのです。党錮の禁とも言います。「党」は派閥で「錮」は禁錮で仕官させないことです。  宦官は、後宮に仕えた去勢男子です。もともとは宮刑になった人や、異民族の捕虜などから採用していたようです。それが後には志望者も任用しました。この時代、医療技

46.「東アジアの思想」という話(30)_17730

46.「東アジアの思想」という話(30)_17730 【晋】 《西晋》(二六五年−三一六年)  魏(三国)に代わって、権臣司馬炎(武帝)が晋を建てます。首都は後漢・魏(三国)と同じく洛陽です。なお、平安京の左京(東京)は洛陽にたとえられ、今でも京都で「洛」が使われています。右京(西京)の雅称は長安です。  ちなみに、紫宸殿の南階下の東方にあるのが「左近の桜」です。儀式のとき左近衛府の官人がその側に列しました。西方が「右近の橘」です。ややこしいですが、「〈さ〉こんの〈さ〉く