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突然の……別れ ワコのあるきかた13
ーわたしはわたし わたしは……ーー 桜乃いちよう
「ねえ、そろそろ教えて」
小学四年生になったばかりのワコが、ある朝突然。
「本当は、なんなの?」
『こゆびのかお』は、どきりとした。
いきなり、そんな言い方しなくても……。
「なんなのって、どういう意味?」
ワコは、口調を変えなかった。
興奮もせず、とても冷静に、ただ本当のことを知りたいのだと言った。
「幻でもなさそうだけれど、幽霊でもないみたいだし、ワコの空想の中の人にしては難しいことばかり言うから違うなって」
ワコは最近、よく本を読むようになった。
今はSFや怪談話も好きらしい。
それとは関係しないのかも知れないけれど。
こどもは成長が早い、と『こゆびのかお』は思った。
こんな話ができるようになるまでに、もっと時間がかかると思っていたのに。
その時がきたらなんて話そうかと、実はときどき考えてはいた。
でもまさかこんなに早くこのときが来るなんて思わなかった。
こんなふうに、こどもの成長に、親は戸惑うのかも知れない。
「知ると言うことは、もしかしたら予想しないことがおこるかもよ」
『こゆびのかお』はワコに悪びれてみた。
「鶴の恩返しは、見ないで下さいと言われたものをみちゃったからお嫁さんは鶴になって飛んでっちゃったし、浦島太郎は、開けちゃいけない玉手箱を開けて、おじいちゃんになっちゃったものね」
ワコは一呼吸して、神妙な声で言った。
「ワコが聞きたいって思ったことだから、何が起きても大丈夫。
あなたはどなたなのでしょうか。教えて下さい。お願いします」
『こゆぴのかお』は、まだ少し戸惑っていた。
ワコは大丈夫なの?
私ともし会えなくなったとしても?
会えなくなる?
会えなくなる?
そう決まったわけじゃないわ。いつもみたいに、会えるかも知れないじゃない。
いいえ。
会えなくなるわ。
ワコがおとなになったということだもの。
でも、本当に大丈夫なのかしら。
家族と暮らせなくて、毎日のいろんな日課をさぼりたくなるような居心地悪さがおそってきて、これからの方がきっといろんなことを感じるだろうに。
その時に私がいなくても?
ほんとうに?
もう大丈夫?
大丈夫かそうでないかなんて、誰もわからない。わからないけれど。
わからないけれど、あの頃よりもずっとずっと、まし。
だって、こんなにワコは考えている。
私の役目は終わったんだわ。きっと。
私はあなたを助けたのかも知れないんだわ。
少しの時間だけでも。
『こゆびのかお』は、一つの確信を胸に秘めて、ワコの問いに答えた。
「私は、あなただったの、ワコ」
ワコの心の中に、突風が吹いた。
「ワコなの?」
「正確には、あなたに会うまでは、本当に将来のあなただった。
私の名前は、ワコ」
ワコの小指からふっと『こゆびのかお』は消えた。
そのかわりに、スマートなメカ付きの黒光りする車いすに座った、年配の女性が現れた。
初めてみるひとだった。
「あなたは、ワコの将来なの?」
年配の女性は、静かに首を横に振った。
ワコと同じくせのある、首の振り方だった。
「あなたと私の未来は別のものになったの」
ワコと名乗った女性は続けた。
「ワコ、あなたはいろんなことを考えられるようになったわ。私が今日までかかってようやくわかるようになったことのほとんどを、あなたはもう思いつくことが出来る。だから、私の未来とあなたの未来は、全然別のものになった」
ワコは、この女性が何を伝えたいのか、今日はひとことも漏らしてはいけない気がした。
いろんな話をして、わかり合えてきたのに、なぜかもう会えないように思えてきたのだった。
「SFの世界では、物語の中にいろんなルールがあるらしくて、過去を変えちゃいけないとか、書いてあるみたいだけれど、ワコはもう知ってる? 」
「知っているよ」
「本当の世界はSFとはちょっと違う。私は確かにワコで、ワコの未来を生きているけれど、タイムマシンに乗って時間をさかのぼったわけではないの、わかりにくいけれど、ただイメージのなかで、小さなワコに会いたかっただけ」
「なぜ会いに来たの?」
「ワコ、あなたと話したかったし、助けたかった」
「助ける? ワコを」
「ええ」
そして、嬉しそうに、女性はいった。
「そして、今の私ができることは終わったわ。本当に会いに来てよかった」
『こゆびのかお』、いや、車いすに乗った女性は、本当に嬉しそうだった。
「私もね、ワコ。なぜ今回のように、ワコに会いに行くことが実現できたのか、わからないの。でも、いつも助けたいと思っていたの。いつか、ワコを、自分のこどものように支えてあげたかった。わたしの願いが叶っただけ。きっとそれだけのことなんだわ」
「これからも助けに来てくれるの」
「そのことなんだけれど」
女性は言った。
「この先は、本当の家族や、友だちと乗り越えていった方がいいと思うの」
それは、今日になるとは予想もしていなかった、ワコへのお別れの言葉だった。
こうなるんだ、と女性は思った。
小さなワコが、自分から『こゆびのかお』へのうたがいを持つと言うことは、私たちが別れるということなんだ。
過去のワコが育ったんだ。育つということは、私の助けがいらなくなるということなんだ。私が過去を手放すということなんだ。
こういうことなんだ。
「あなたも、ワコの家族でしょう。ワコの将来なんでしょう」
ワコは、出来ればまだ別れたくなかった。
あまりにも突然だったから。
「ワコは、私の家族よ。でもね」
女性は言った。
「あなたはもう、今の私と同じようなことを考えられるようになったみたいなの」
「だから?」
「これ以上私とワコが一緒にいたら、どっちが過去のワコでどっちが私なのか見分けがつかないぐらいになるでしょうね」
「それではいけない?」
「いけなくはないのよ。私が望んでいたことだもの」
女性は微笑んだ。
「でも、一緒に話し合う時間は終わり。私の役目は終わったの。私も私の未来を生きなくてはいけないから」
ワコはよくわからなかった。ただ、もう、別れなくてはいけないのだということだけはわかった。
あんなに話をしたのに。あんなにわかり合えたのに。
「ワコ。一緒にいられないのは、あなたと私は過去と未来だから。もともとお互いの、胸の中にいる存在だから」
ワコにはうまく理解できなかった。心の奥で、何かが納得したような気はしたけれども。
女性は心の中で叫んでいた。
ワコ。
こんなに私たちは、話し合えた。
すてきな時間だった。
今はわからないだろうけれど、ワコ、あなたもいつか年を重ねたときに、若い自分と話したくなるかも知れないのよ。そうしたら、私のように、助けたくて助けたくて、会いに行ってしまうかも知れないわね。
心の叫びは、ワコには伝わらなかった。
「ワコ。私も、今までの人生経験でしかものごとが見えないから、これ以上の知識なんてわからないの。あなたはこれからどんな人生をを送るか、わからない。お互い、しっかり歩いていきましょうね」
「あなたの人生と、ワコの人生は、違うの?」
「ええ」
女性は、とても嬉しそうに言った。
「同じ人間だけれど、きっとまったく違うわ」
そして、女性は、優しい声でワコにささやいた。
「いい人生を、ワコ」
女性は、ゆっくり、姿がぼやけて、消えていった。
ワコには、黒いメカ付きの車体がうっすらと見えて、去る音が聞こえた気がした。
幻の時を消すかのように、「ホーム」の日常が流れ始めた。
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