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【入門SaaS KPI】意味はわかった…でもどう使うの?

はじめまして、スタートアップコンテンツプロデューサーのいちのせれいです。

スタートアップ関連のお仕事の中でSaaS企業を取材することが多くなるにつれ、日々、分からない単語と格闘しています。

特に、ARR、チャーン、MRR、LTV、、、これらはどうやら「SaaS KPI」と呼ばれているらしい。

SaaSで使われる用語はいくつもあって、それぞれの意味はググればわかります。でも、その言葉がビジネス上で何を示すのか、どんな意味が含まれるのか、どれぐらい重要なのか。

こんな”ニュアンス”を捉えるためにはネット上の情報だけでは難しい。

時間をかけて実践を重ねないと理解できないのでは…?

こんなモヤモヤを抱えていたタイミングで、国内唯一のSaaS企業分析特化メディア「企業データが使えるノート」を運営する早船さんと出会い、SaaS KPIのリアルを根掘り葉掘り聞く機会がありました。

「これをコンテンツ化すればこれからSaaS企業に入社する人に役に立つ記事になるのでは!?」

そんなアイディアから「新入社員・転職者に向けたSaaS入門」を企業データが使えるノートマガジン完全監修のもと、月1本程度のペースで作成していくこととなりました。

ライターとして記事を担当するなかで「SaaSは美しい」という言葉に出会いました。いわく、企業の文化がプロダクトに、サービス全体に反映される点が美しいんだそうです。

ユーザーが求める価値を提供し、日々のフィードバックをプロダクトに反映させる。その結果として対価を得るSaaSには、たしかにビジネスモデルとしての美しさを感じます。

私はこれまで10年間、美容・ヘルスケア系のEC業界にいましたが、ビジネスモデルに「美しさ」を感じたことはありませんでした。元々、組織のあり方に興味がある私。組織のあり方が顕著に反映されるSaaSの姿に、気づけばすっかり魅了されてしまいました。

これをお読みいただいている方はSaaSのどこに魅力を感じていますか?

SaaS初心者の皆様、一緒に、SaaSについて学びを深める仲間になってくださると嬉しいです。

https://twitter.com/ichireiJAPAN

SaaSマスターになるべく、初回は、分かるようで分からない、SaaS KPIについてお届けします。

ARR100億は何がすごい?ARRはSaaSの今と未来の収益なんだ!!


いちのせ:
先日、企業データが使えるノートで「SmartHR ARR100億円突破」という記事を目にしました。100億という規模が偉業であることはわかるのですが、ちゃんと捉えられている自信がありません。

今後こういったニュースを見たときに、意見が持てるようになりたいので教えてください。

早船:まずはARRの意味を基本から捉えていきましょう。

通常、SaaSは毎月新たな契約が発生していくため、MRR(Monthly Recurring Revenue)と呼ばれるサブスクリプションサービスを契約している顧客の月次売上高をベースにビジネス目標を管理しています。

ARRはAnnual Recurring Revenueの略ですので、「サブスクリプションサービスを契約している顧客から一年間に得られる収益」を指し、MRR×12ヶ月がARRとなります。

SaaS企業を評価する上で最も基本的な指標と言えます。

いちのせ:だからSmartHRのニュースに限らず、SaaS企業のニュースやプレスリリースで目にする機会が多いのですね。

早船:上場企業であってもARRを開示する義務は特にありませんが、投資家も重視する指標であるため、四半期ごとの決算に公表する企業が多いです。未上場のSaaSスタートアップでも順調な成長を示すために自主的に開示を行うケースもあります。

いちのせ:うーん、ARRではなく、「売上」で規模を示さないのはなぜですか?

早船:それは、ARRにこそSaaSビジネスの魅力があるからです。

SaaSを提供する上ではサブスクリプション型の料金設定を行う企業が大半を占めます。この形態は「将来の収益予測」を見込みやすい特徴があります。

たとえば、Netflixのベーシックプランは月額990円です。仮にこのプランしか存在せず、100万人が契約している場合、ARRは円換算で「990円✕100万人✕12ヶ月= 118億8000万円」となります。

* NetflixはいわゆるSaaSではありませんが、サブスクリプションサービスの例として挙げます

Netflixが1億人を熱狂させるようなコンテンツを毎年作り続けられれば、解約は発生せず、毎年118億8000万円の収入が発生し続けることになります。

何かしらの営業活動を行わなくても毎年チャリンチャリンと売上が発生するのは効率の良い稼ぎ方ですよね。

「売上」よりも、継続収益を示す「ARR」を使うことで、将来収益の見通しを示すことができます。

世の中的にも売切りや一過性のビジネスモデルから、継続的な収益を生むビジネスモデルが指向される流れがあります。

いちのせ:概念が違うんですね。「売上」にはその時の収益という意味しか含まれていないけれど、「ARR」だと先々に渡って生まれる収益もイメージできるんですね。「売上」は点、「ARR」は線のようなイメージですね!

それにしてもリカーリングビジネスって強いですね。ECにも定期購入という仕組みがありますが、ARRを使う企業はまだまだ少ない気がします。ARRで表現したほうが良いシーンもあるかもしれませんね。

早船:おっしゃる通りで、実はARRはSaaSだけで使われる概念ではなく、さまざまなサブスクリプションモデルのビジネスで適用することが可能です。

例えば、資産運用サービスを提供するウェルスナビ。

SaaSとは全く異なるロボアドバイザーによる資産運用サービスですが、決算説明資料の中で、預かり資産に対する手数料を以下のようにARRで開示を行っています。

サービスの契約が継続利用を前提としたビジネスであれば、このARRで現すことができるのです。

ARRの伸ばし方はシンプル。「契約数」or「単価」

早船:次にARRを構成する要素を見ていきましょう。ARRをシンプルに分解すると「契約数」と「単価」の2つの要素に分けられます。契約数が増える、もしくは、単価が増えるとARRが増えます。

いちのせ:新しく契約してくれる人が増えるか、すでに契約してくれている人がアップセルするか、ということですね。

早船:そうです。ちなみに、1社あたりの単価を「ARPU(Average Revenue Per User アープ」、1IDあたりの契約の単価を「 ARPA(Average Revenue Per Account アーパ」と呼びます。

いちのせ:
呼び方がつくほどに、重要な指標なんですね。

早船:ここではひとまず概念だけお伝えします。まずは「単価」から考えてみましょう。

例えば、中小企業向けにバックオフィスシステムを提供するfreeeの場合。

中小企業向けの会計ソフトに始まり、今は人事・労務、福利厚生、など、サービスの幅を広げていて、単価を上げていくSaaSのお手本のような展開をしています。

いちのせ:ユーザーに求められ機能を追加しているということでしょうか。

早船:それもあります。加えて、会計や労務などはバックオフィス業務として近接していますので、例えば、人事評価とそれに対応した給与計算、そしてそれが会計などにスムーズに連携できるとユーザーとしては利便性が増します。

会計はA社、給与計算はB社、人事評価はC社といった異なったシステムを使うと、時には一旦CSVでデータをダウンロードして、別システムで読み込ませるといったフローが発生するケースもあり、煩雑さやリアルタイムでの同期ができないことがあるのです。

いちのせ:会計ソフトを契約してくれていた企業が、人事労務ソフトまで契約すると1社あたりの単価(アープ)はアップしますね。それがARRの増加に繋がるということなんですね!

早船:加えて、契約数の増加もARRの増加に繋がります。

こちらのfreeeの決算説明資料では足元で399,420件の契約を抱えており、昨年からは22.1%増えていることが分かります。

*2023年6月期第2四半期決算説明資料

現在、国内中小企業においてはクラウド会計ソフトを利用している企業数は50%に満たないですが、利便性の観点からこのような契約社数の伸びは続くのではと見られます。

いちのせ:業務にとって必要不可欠なビジネスドメインのほうが契約件数は増やしやすい、ということですね。

早船:その通りです、会計や労務、人事といった作業は一定規模の企業であれば全ての企業で行われる業務ですので、それらを効率化させるための手堅いニーズがあります。

一方で、先進的なツールや利用者が限られるSaaSの方が早くユーザー数の限界が来やすいです。

SaaS企業が持続的な成長を行う上では「契約件数も単価も増えていること」が望ましく、片方だけがドライバーな場合は成長減速しやすい傾向になります。

繰り返しになりますが、ARRは成長を期待されるSaaSスタートアップにとって最も重要となるKPIです。

この伸びが期待値を下回ると株価などにも大きく影響が出ます。

昨年、Webサイト解析ツール「KARTE」を提供するプレイドが行った2022年9月期第2四半期決算では、ARRの成長が減速することが示され、2日間で44%も株価が下落するといった動きが見られました。

* 2022年9月期決算説明資料

決算説明資料を見ていくと、ARRの内訳となる顧客社数の成長が横ばい傾向になっていることが分かります。また、これは推測も含まれますが、大手企業から中堅規模の企業などにターゲットを広げたことで顧客単価に至っては減少傾向になってしまったことがARR成長の停滞につながっていることが分かります。

足元、2023年9月期第1四半期決算説明資料では、このトレンドが再び成長軌道に回帰していることを示していますが、ARRが「なぜ伸びているのか」「なぜ伸びていないのか」を考える上では、いずれの要素が原因かを見ていくのが基本的な分析です。

いちのせ:なるほど!これからARRのニュースを見たら「単価」「契約件数」や「サービスの特性」を考慮して、自分なりの意見を持つ練習をしてみます。

チャーン(解約率)とLTVは親戚!

いちのせ:ARRを伸ばすためには契約数と単価を上げればいいとは理解できました。ただ、サービスを提供する上では、解約も発生しちゃいますよね。。

早船:そうですね。SaaSを提供する上で、解約されない状態をつくることは「一丁目一番地」とも言うべきビジネスの土台です。

サブスクリプションモデルは積み上げ型のビジネスですので、解約が多く発生するのは、「栓が抜けたお風呂」にような感じです。

SaaSでは解約率のことを「チャーンレート(Churn Rate)」と呼ぶのが一般的です。

チャーンレートは基本的に月次単位で現わされ、新規契約やアップセルを除いた既存MRRが月初から翌月初どのぐらい変動があったかをパーセンテージで示します。

例えば、2023年4月初のMRRが100万円あったとして、5月初時点ではMRRが99万円になっていれば、月次1%のチャーンレートというイメージです。

いちのせ:「チャーンレート」は聞いたことがありました。ただ、「チャーンレート1%でした」と言われて、それがどのぐらいの影響を及ぼすかが理解が難しいです。

早船:さっきのチャーンレートが1%を仮定して、月額1万円固定のSaaSで100人の顧客がいたとしましょう。

月次チャーンレート1%はこの場合、月に1人の顧客を失うことになりますので、年間では12人の顧客を失うことになります。(厳密には、2か月目以降は99人に対し、1%のチャーンを適用になるがここでは省略)

いちのせ:それは由々しき事態、ということですよね?

早船:1%の月次チャーンレートは、SaaSでは優秀な部類に入りますが、それでも頑張って営業活動しても年間12%の顧客が離脱してしまうのはけっこうなインパクトがあります。

また、この状況は、翌年以降にも複利のように効いていきますので、恒常的に低いチャーンレートを維持できるかはSaaSにとって死活問題と言えます。

いちのせ:なるほど…チャーンレート1%はまだ「改善の余地あり」ということになるのでしょうか?

早船:サービスのカテゴリーや対象顧客によって異なるので一概には言えませんが、上場SaaS企業の中には1%を切る企業も存在します。

上場SaaS企業で月次チャーンレートを1%切る事例
HENNGE: 0.28%
カオナビ: 0.5%
freee(法人): 0.6%

チャーンレート1%を切ると業務に欠かせないインフラに近づいている、2%以上だと長期的な成長は難しく改善が必要になってくる水準だと思います。

いちのせ:インフラに近づいている、というのは?

早船:「解約されにくいサービス=なくてはならないサービス」ということですね。

いちのせ:チャーンレートを抑え、解約されづらいサービスにしていくことはSaaSにおいて必須ですね。ECの業界でも、多くの企業が定期便を解約されないために様々な工夫を凝らしていました。SaaSの業界でもそれは変わらないんですね。

いちのせ:チャーンレートが非常に重要な指標だということが分かりました。ほかに知っておくべき良いKPIはありますか?

早船:LTVというコンセプトは知っておいた方が良いです。

いちのせ:LTVは知ってます!Life Time Valueの略ですよね。「契約期間中の総支払額」を示す指標、と認識しています。

早船:そのとおりです。ARRの概念からわかる通り、サブスクリプションモデルのビジネスでは、1年間の売上ではなく、複数年に渡る利用を最大化させることが重要ですので、このLife Time Valueの考え方は重要です。

Life Time Valueの求め方は、以下の通りで、製品の単価を上げる、もしくは、解約率を下げることでLTVを向上させることができます。


いちのせ:SaaSにおいて、LTVはどんなシーンで使われる言葉ですか?

早船:ユーザーの獲得コストとセットで語られることが多いです。

例えば、1社あたり年額12万円のSaaSに対して、広告宣伝費や営業費用などの獲得費用が12万円かかったとしても、解約率が低ければ、長きに渡って利用される可能性が強い。そのため、初年度は収益とコストがトントンでもその先に売上を享受できそうだ、というような考えです。

いちのせ:「LTVが100万円ということは、ユーザーの獲得コストは少なくとも◯◯万円くらいに抑えよう…」というような文脈で使われるんですね。

ARRから、分解要素、チャーンレートやLTVまで将来の収益という点でつながっていることが理解できました。

早船: よかったです!このような数値の繋がりが自社内で共有され、一丸となって行動目標につなげられるのがSaaSビジネスの良さでもあります。

対外的に公表されている数値の意味や、競合他社との比較などを通じて自社ビジネスを捉えてみるとよりSaaS企業経営者に近い目線で業務を行えると思います。

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記事執筆: いちのせ れい
企画・編集: 企業データが使えるノート 早船 明夫

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