『師匠がコロナになっちゃった』春風亭与いち

「師匠がコロナになっちゃった」というLINEがおかみさんから我々弟子全員に一斉送信されてきた。

元々このメンバーでのLINEグループは組まれていない。
まっさらなトーク画面にそのたった一行のメッセージ。
普段の生活より暇になったとはいえ洒落や冗談でそのような事を言う人ではない。

子供達の誰かがおかみさんのスマホを悪戯したのかとも一瞬思ったがそんなタチの悪い手の込んだことはしないだろう。
まず反応の早い貫いちが
「どういうことですか?」と返信した。
我々が皆そう思った。
ところが暫くしても既読すらつかない。


何はともあれ我々は師匠の家に向かった。
インターホンを押すとおかみさんが疲れた声で
「あぁ、LINEごめんねぇ、実はさ…」
とインターホン越しに全てを説明してくれた。

どうやら本当に師匠がコロナになっちゃったらしい。

師匠は入院先の病院へそのまま搬送され、
おかみさんは衣類等をまとめて郵送する支度をしている。
そのまま家の前で途方に暮れていると、
我々に協会から電話が順番にかかってきた。
師匠と接触していたであろう弟子達の現在の状況と家から一歩も出ないようにという指示が下された。

その指示通りそれぞれ帰宅。
私はまず次の日稽古をお願いしていた正朝師匠に電話した。

「はいもしもし、正朝です。」
「あ、師匠。おはようございます。与いちです。」
「あいー。」
「明日のお稽古の…」
「おうっ、明日な。あいー。あいー。」
(ツー、ツー、ツー)

切れてしまった。もう一度掛け直す。
「あ、師匠、度々すいません。与いちです。」
「おう、明日な。あいーあいー。」
(ツー、ツー、ツー)

また切れてしまった。今度はすぐ本題に入ろう。
「はいもしもし春風亭正朝です。只今電話に出ることができません。発信音の後に…」

留守電になってしまった。家電にかけよう。

「はいもしもし、正朝です。」
「あ、師匠与いちですが実はですねうちの師匠が…………」
「なにィィ!?一之輔がぁ!?なんでお前それを早く言わねえんだよ!本当か!あいつが最初かぁ。じゃあ、まあとりあえず明日は、な?」
「はいぃ、どうもすいません。またお願い致します。失礼いたします。」


物凄く疲れた。

テレビをつけると「グッとラック!」が始まっている。
すると司会が志らく師匠だからか速報で扱っているではないか。
小朝師匠や、春風亭だからということなのか昇太師匠などもコメントを出している。
それを受けて志らく師匠は気遣いつつ、それでいて落語家らしいコメントで笑わせていた。
そのコメントは良すぎて覚えていない。


あれから一週間が経った。

コロナになっちゃった師匠は未だに病院から出て来ていない。
何気なくネットニュースを見ると着物姿の師匠の画像が。

「春風亭一之輔、コロナ感染者限定落語会開催。『もう何も怖がるものは無い』と意気込む。」

とあった。


※もちろん全てフィクションです。


2020.4.11

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