『座右の銘』 春風亭与いち

皆さま、座右の銘はお持ちですか?
ポイントカードみたいに聞いてすいません。
お恥ずかしながら私、産まれてから今年で二十三年になりますが、まだ持っておりません。座右の銘。
大学受験も、入社試験もして来なかった温室育ち野郎でして。
座右の銘無しでも不自由なくここまで育ってきてしまいました。
自動車の普通免許や、マイナンバーカードは取得したのですが。
人間として、やることの順番が逆です。
免許を取った時に親に言われました。
「座右の銘も持ってないくせに。よく自動車なんて乗る気になるよ。」
と。
親不孝の大馬鹿者です。
落語家になりたいと親に告げた時も、
「そうやってまた、座右の銘から逃げるのか。」
と諭されました。
両親には今でも申し訳ない気持ちでいっぱいです。
座右の銘も持っていない哀れな息子をお許しください。

入門して間もない頃、㐂いち兄さんのご自宅で談笑していたら、酔っ払った兄さんが

「よく聞かれる質問に対しての答えは決めておいた方がいい!」

「どういうことですか?」

「ほら、好きな映画とか漫画とか、あるでしょ。座右の銘とか。会話上よく聞かれる質問。そういうのスッと答えられた方がいいじゃん!」

「なるほど。確かにそうですね。因みに、兄さんの座右の銘ってなんですか?」

「座右の銘かぁ〜。うーんとね〜。俺の座右の銘はねぇ〜。。。」

と、それから暫く悩んでいた。
カワイイ。

「座右の銘」。ここで決めなくては。

ただなんとなく、堅苦しいのは嫌だ。
"人事を尽くして天命を待つ"
とか。
それなりに自立した、社会的地位のある、良いお値段の背広を着た人の口から出ないと不自然だ。
こんなTシャツにスウェットでごろごろしている自分が

「天命を待ぁつ!!」

と言ったところでふざけているとしか思われない。
天命待ってねえでひたすら働けバカ。とか言われそう。

あと、現代的ではない言葉遣いのものにも少し抵抗がある。

「〜の如し」「〜べからず」「〜なかれ」

これが私の座右の銘です!
と、この風体で言い放ったところで、
はいはいそうですか。だ。

そんなことなら、「がんばれ!」とか「やればできる!」みたいな
オレンジ色の服着てそうな言葉の方が好ましい。

結局こうして、"他人にその座右の銘を言ってどう思われるか"で決めようとしている時点でダメだ。

色々と考えずに、いっそのこと思い切って決めちゃった方が結果的に良くなることもあるだろう。
よし、では、そういう意味を込めて。
私の座右の銘は、

「案ずるより産むが易し」

です。


良いお値段の背広着て歩きます。

2021.2.20

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