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味噌汁飲んで

「死んでほしいよ」

 結衣は溢れ出た言葉に自分でも驚いた。ポロポロと涙が頬を伝う。

「なるべく苦しんで誰にも迷惑をかけずにひっそりとどこかで死んで」

 ダンダンダンッと、テーブルを叩きながら言ったセリフは、昨日友人に愚痴っているときに思いついたものだった。刺々しい言葉に、使った側まで傷つく。そんな言葉でも一度口から出た後だと、躊躇いもなくスムーズに出て行ってしまうものだ。
 宗助は女性のように柔らかい手で結衣の頬をぬぐった。

「ごめんね」

 眉を下げ、口をへの字にした顔はあたかも困っているように見える。甘ったるい高い声は、声変わりをする前の男の子のようだった。
 宗助は綿菓子みたいに甘くて、つかみどころがない。手を伸ばせば届きそうなのに、掴んでみると形すらない。掌の上でくちゅくちゅと小さくなって、ベッタベタになってしまう。今日だって、結衣の元に帰ってきたのは二日ぶりだった。その間、連絡は一度も取れなかった。

「どうして連絡をくれなかったの。また女の子といたの」

 結衣が宗助の肩を強く掴む。ネイルサロンに行ったばかりの、綺麗に整えられた爪先が肩の後ろに刺さる。

「気がつかなかったんだよ。ごめんね。仕事だよ」
「女?」
「女の人もいたよ」

 バシンッ!という大きな音が響いた。結衣が振り上げた右手が宗助の頬に当たる。宗助の唇の端がジンワリと赤くなったのを見て、もう終わりだ、と結衣は思った。

「宗ちゃんは、私がどんな気持ちで待っていたかわかんないの」
「わかるよ」
「わかってる人のやることじゃないっ!」

 勢いをつけて右手を振り上げたら、今度はこめかみにあたった。宗助は、床に手をついてよろめいた身体を支える。「ふうー」っと、大きく息を吸いながら、そのまま立ち上がった。

「待って、どこ行く気なの!」

 結衣は金切り声をあげて宗助の背中をはたいた。宗助は、そのまま後ろを振り向かないままに玄関へと向かった。

「頭、冷やしてくる」
「さっき帰って来たばっかりなのにもうそんな事するの!」

 結衣の問いかけに、宗助は答えない。つぶれた踵をなおしもしないで、靴を履く。静かに閉められた玄関のドアは、傷だらけだった。
 結衣は大声をあげながら涙を流した。スマートフォン、靴棚の上のキーケース、ツーショットの写真が入った写真立て、エナメルリムーバー、革のペンケース。投げられるものは全部ドアにぶつけた。ドアを壊して、声が枯れる程泣いていたら、宗助は戻ってきてくれるだろうか。99%ないとわかっていても、あと1%の可能性があるのなら、大声をあげるのをやめる事ができない。

 二人は、こんな事をもう何度も繰り返している。ただ一緒にいたいだけなのに、どうしてうまくいかないのだろう。

 泣き疲れて眠った結衣が目を覚ますと、ベッドの上だった。1LDKの狭いキッチンから、お味噌汁のいい匂いがする。何度もかいだ事のある懐かしい匂い。

「おはよう。たまたま近くを通りかかったから寄ってみたら、どうしたの。またやっちゃったの」

 母の言葉に返事をしないまま、結衣は部屋の中を見渡す。玄関に投げつけたものたちはすべて、綺麗に片づけられていた。やっぱり宗助は帰って来ていない。わかっていたことなのに、また涙が出そうになる。

「だって、宗ちゃん、何回言ってもいつも連絡くれないんだもん」

 お味噌汁と漬物を載せたトレーを持って、母親がベッドの隣に来た。

「それでまた物投げちゃったの?そんなことしてたら、男の人は嫌んなるよ。出て行っちゃう宗ちゃんの気持ちもわかるよ。でもね、結衣がそんな風になるのは、あんまり相性が良くないって事なんじゃないかなぁ。ほら、泣かないで。あったかいお味噌汁飲んで」

 結衣は無言で受け取った汁椀を静かにすする。味噌汁はあたたかくて体中に染み渡る。いつもの母の味だった。結衣も普段教えられた通り同じように味噌汁を作っているはずなのに、ちっとも同じにならない。

「うまくいかない」

 泣きすぎて腫れあがった目をギュッと瞑って、さらに涙を流す。胸の奥からこみ上げて来る苦しい気持ちが、目から流れ出ていくようだった。

「しばらく実家に帰って来たら?結衣はたくさんたくさん、頑張ったと思うよ」
「うん……」

 母が帰った後、綺麗になった部屋で結衣は大きく息を吸う。母には、一ヶ月後に実家に帰る約束をした。きっちり決めておかないと、また気持ちが揺らいでしまう。

「会って少し話せない?」

 スマホの画面には、少しヒビが入っていた。

 ベッドの上で、ペディキュアを塗る。最初の記念日に宗助がくれた真っ赤なマニキュア。半年の間にだいぶ少なくなってしまった。

「結衣ちゃーん」

 傷だらけのドアが開いた。ペディキュアが乾く前に良樹がベッドに入って来る。ギシギシという音と共に、シーツにマニキュアが絡みついていく。良樹に抱かれながら結衣は、味噌汁には何の出汁を使っているのか母に聞いてみようと考えていた。
 出汁を変えたら、同じ味が出せるかもしれない。


味噌汁飲んで(二股、味噌汁、ペディキュア)

あとがき

このお話は、むらさきさんと一緒にリレー小説として書いたものです。お題は二股・味噌汁・ペディキュア。書いててとても楽しかった~!うまくリレー出来たかな?(タグは #交換box

むらさきさんのは赤と味噌汁。 浮かび上がるような丁寧な情景と、素直に甘えられない主人公の心理が痛気持ちいい!





 


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