見出し画像

うつ病日記 9/20

今日も気分は停滞気味。あまり変わらずだけど、ふとうつ病になった時の顧客先での出来事を思い出していたのでその件について書いてみようと思います。

問題児が来た

当時の顧客先は某F社のフレームワークを使った顧客管理システム(業界長い人ならこれだけで分かるほど有名)を扱っていました。

私の担当は新規処理が追加される際、既存の処理と比較してどの程度システムに影響が出るかを確認する性能評価。

当初は新規顧客先への第一号として周りに自社メンバーがいない状態でしたが、半年ほどしてから追加人員枠が確保でき、自社から一名追加で私と同じチームに配属になった後輩がいたのですが、これが様々な顧客先でマネージャー達を悩ませ匙を投げられる男でした。

どんな子だったかというと…

・どんなに教えても一人では仕事を進めることができない
・イレギュラーが発生しても質問に来ないでそのまま止まる
・フォローされるのが当たり前と考えている(としか思えない態度)
・人間関係(とりわけ異性関連)で問題を起こす
・自分の非を認めない
・褒めると調子に乗り余計な事までする

といった感じです(´・ω・`)

自分の業務をこなしつつ彼を教育してましたが、かなりの頻度で注意をしていました。周りからはもはや名物扱いされていたのは後で知ります😅

伝説の後輩エピソード

はっきり言って枚挙にいとまがないですが、印象深いエピソードとして4つほどありました。

Episode 1 一緒に休日出勤した結果

8年前のシルバーウィークの5連休、お客様要望により休日出勤をしました。
初日から終電を逃す炎上具合でお客様と話し合った結果、経験不足の後輩君は朝6時まで簡単な対応をしてもらい、その後は我々が引き継ぎをしてその後は休日は全て休ませよう、という話になりました。

事情を説明し「初日から大変だったけど後の休日は我々が対応するから申し訳ないけどこの処理だけお願いね」と伝え彼も納得してくれたと思っていました。

ある日の帰社日での食事会(業務委託のSEばかりなので定期開催している)で「自分一人に仕事を押し付けてみんな帰ってしまった」と吹聴していたそうで、事情を知る親しい後輩が慌てて「でも5連勤のうち残りの3日は休んだんでしょ?先輩は休日全返上で働いてたじゃん!」と訂正してくれた事をこっそり教えてくれました。

そう、自分が頑張ったアピールの為に他人を貶める事を平気でするのです。私は「こ奴にもう残業や休日出勤は極力頼まん!」と心に誓いました。

Episode 2 遅刻魔爆誕

その後10月~翌2月初頭までは終電を逃す事が珍しくなくタクシーで帰宅or徹夜が当たり前の状況でした。

10月には頼れるメンバーがもう一人増えていて問題児は定時前に業務の進捗具合を確認して問題がなければ帰させ、私ともう一人でひぃひぃ言いながら頑張っていたのです。

そんな状態なので帰宅すると4時過ぎというのも珍しくなく、そういう日はお客様より午後からの出社で構わないと許可を頂いていたので11時~13時に出社する事も頻繁にあったのですが、それを見た後輩君はなぜか「遅刻に寛容な職場」と勘違いし、悪びれもせず遅刻をするように…いや君ほぼほぼ定時で帰ってるよね?

これが中々治らず、とうとう昼過ぎまで寝坊してくるという大事件を起こします。理由を聞くと前日に飲みすぎたと…当然お客様はお怒りで一緒に頭を下げる事に。この時はすでに炎上案件の火消しも終わっていたので、彼と一つの約束を交わしました。

「俺も二度と遅刻しない、何があろうと始業15分前にデスクに付くから絶対に遅刻するなよ!」と。セキュリティの関連で始業15分前でないとオフィスに入れない現場だったので、私は始業一時間前に駅に到着し現場近くで待機、最速でオフィスに入るようにしました。おかげで彼は5分前までには必ず出社するようになりましたが…正直ここまでする必要あるのかと問いたいです🥺

Episode 3 問題行動に対する指導をした結果

かなり前になるので何に対しての指導だったのか忘れてしまったのですが、目に余る事があったので別室を借りて1時間ほど事情を確認し指導を行っていたのですが、話を聞いていないわけではないにしてもどこか響いていない感じがしました。

そこで一通り話し終えてから「怒らないから正直に答えて欲しいんだけど、ぶっちゃけ自分が悪いと思ってない?」と聞いてみました。3秒ほど間が開いてから彼は私を真っ直ぐな瞳で見つめ「はい!」と自信満々に答えました。私はがっくりと力が抜けましたw

うん、君が悪くないないなら業務時間内に1時間も使って指導なんてしないから、そこよく考えてね…としか言えませんでした。

Episode 4 資料作りを任せてみた

そうこうしている内に問題児君もそれなりに長く務めていたので仕事の進め方を見る狙いで「何かわからない事があったら必ず聞いてね。忙しくても必ず時間作って答えるから、定時まで頑張ってみて」とよく使う資料を一人で作れるか試してみました。

指示を出したのが13時、私の予測では半分も出来ていれば上等で残りは確認しつつ残業時間で自分が対応すればいいか、と思っていました。

さて18時も目前、意外にも質問もなく定時直前となったので「頼んでた資料はどのくらい進んだ?」と確認してみると…何一つ進んでいない…だと…っ!?

彼曰く「忙しそうで質問できなかった」そうです。いやいや…質問してって言ったじゃん、とガックリきましたよ。結局資料作成は一から自分でやることになりました。もちろんその前に彼を指導しましたが。

怒るのって意外とパワーがいる

たまに常に(# ゚Д゚)プンスコ!!している人いますけど、どこからその力が湧いてくるのでしょうか?
問題児に対して感情的にならず注意・指導を行うことは非常にパワーが必要でした。自分の業務に加えて名物と言われるほど頻繁に行っていたのでお客様から心配されるほどです。それで初めて「あぁ、怒るのってこんなに疲れるんだな」と感じました。

そして、うつ病へ

そんな日々が続き、ある日に担当範囲の拡大を依頼され大雑把に説明を受けている際に不意に後頭部の付け根がギュッと締め付けられるような痛みが走ります。同時に説明は聞こえているのに理解が出来ず、視界が白く染まっていく感覚を覚えました。

その場はもう取り繕う事しかできなくて、実際の引継ぎの際に詳しく聞こうと思っていたのですが、翌日から私は出勤することも現場に連絡を入れる事すらも出来なくなってしまいます。

これが私の現役最後の瞬間であり、長い闘病生活のスタートとなります。


思い返したことを文字にしてみると、問題児の事だけでこれだけ書けるのか!と文字数にビックリですw

これ最後まで読む人いるかなぁ…読んでくれた方、感謝です😇
ではまた(´∀`*)ノシ