なぜ国語を勉強するのか?と聞かれたら・・・・それがあなたの生活になくてはならない情報とスキルになっていくからなんだよと伝えたい。それを「楽しく体感」できる「場」を作る。

Twitterでこんなツイートを見かけた。

小学校の先生の中には「学校は、国語算数理科社会のような科目の勉強が主目的ではなくて、ひととひととの関係性を学んでいく場です」と仰る方もいる。それも確かに正しい・・と今まさに小学校1年生の母親をやっているから腹落ちする。

・・・一方で、学校で学ぶ国語や算数や理科や社会の知識が、さらに中学校、高校で学ぶ各科目の情報たちが、ただ単に「教科書に載っている」情報で、「テストでいい点数を取るための」Tipsでしかないと多くの児童・学生さんたちに認識されているのであればそれはとても残念なことに思う。

例えば国語。あいうえお、アイウエオ、漢字たち・・・をなぜ学ぶのか。習った結果どうなるのか。それは、街の中で見かける看板や、駅の電光掲示板や、食品の裏面表示や、新聞やインターネット上の記事や本の情報や、それぞれを読み、理解し、自分に必要な情報を得ていくために必要だから。ボキャブラリーが多ければ多いほど、自分が伝えたいことをドンピシャで伝えられる言葉が頭の中の引き出しから見つけられるわけだし、長文読解や図書の本どれだけ読めるかなってたくさん文章を読む中で、相手の考えていることが(直接言葉に出して表現していても、いなくても)理解できるようになる力も培われる。古文や漢文がどうして必要か、それは、歴史は繰り返すから。過去から学ぶべきことがたくさんあるから。そして、古文や漢文そのものが「文化」であるから。

例えば算数。割り算なんて・・・分数なんて・・・・ってぼやいている子もいるかもしれない。でも割り算ができたら、例えばここに20個の柿があって、ちょっと規模が大きめのバーベキューや、子ども食堂に、80人もきてくれたとして、みんなが喧嘩せずに分けるにはどうやって切り分けたらいいかな?なんてことがすぐにわかるようになる。三角関数なんて受験でしか使わない?そんなことはない。地図やGPS、画像処理にだって使われるし、普段の生活の中でもケーキをきれいにカットする方法を考えるときとかにも使う。

例えば理科。地球の自転の方向はどちら側で、地軸はどれだけ傾いていて、、、みたいな知識をただの情報として暗記するだけでは、それは確かにつまらない。でも、自転している向きが東向きだから、雨雲は基本的には西方向から東方向に進む。だから、雨雲レーダーをスマホで見て、今急に降り出した雨がどれくらいで止みそうか、今からもっと強く降りそうだからあきらめて傘を買おうか、カフェで雨宿りしようか、、、みたいなことを考えるし、飛行機で北米に向かうときと日本に帰ってくるときで飛行時間が全然違う理屈もわかるから、じゃぁ次の旅行で反対にヨーロッパ方面に飛ぶときは行きと帰りどっちが長時間飛行機に乗っているんだっけ・・・みたいなことも考えるようになる。

例えば社会。日本の中でも、九州で育った人が「茄子」と聞いて思い浮かべる細長いナスと、生まれも育ちも東京の人が思い浮かべるナスはちょっと違う。大阪の南のほうに住んでいる人なら「こっちにはもっと小さいナスがあるんやでー」というかもしれない。いろんな地形があって、気候があって、それらにあわせて育つ作物が違ったり、同じ作物でも見た目や味や食感が違うこともあって、それぞれのおいしさを活かす料理も違う。そんなことがわかれば、旅行のときの食べ歩きがもっと楽しくなるかもしれない。

そんなふうに、今、自分が学校で学んでいる情報や知識やスキルが、実生活、そしてこれから自分がなりたい職業でどんなふうに活用できるかっていうことまで考えながら勉強をしたら、きっと、今よりもっと楽しく学ぶことができるはず。

そのきっかけとして、学校で学ぶこと、プラス、体験型の横断学習をできる機会を提供したいと思っていて、スポーツでも、アートでも、ワークショップでも、なんでもそういった「場」は作れるんだけど、私はぜひ、「食・料理」という「体験」を通して、子どもたちに学ぶことの楽しさを体感していってほしいと思っている。

それが、来年夏にローンチ予定の「まなびキッチン(仮)」です。

※じっくり話した方にはビジョンや事業内容が伝わるのだけど、ぱっと見た感じ、ただの各国料理教室に見えるらしく・・・そうじゃないんだよー私がやりたいことは教育なんだよーということを丁寧に発信していこうと思いまして、これはその第一弾の記事でした。つづく。