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7月が終わる

今月はnoteにずいぶん注力することができました。
結局まだ有料記事を書かずに来ていますがこの調子だとしばらく必要ないように思います。

今月から書き始めた書評の反響が思いの外あったり、平均化訓練仲間のラジオトークにお招きいただいたり、投稿の感想を直接聞くことができたりなど、投稿を書いている成果を直接感じ取れる機会が増えてきました。

書評は週に1回のペースで書いていましたが、これだとちょっと割合が多くなり過ぎるように感じました。
今後は月に1回か2回くらいのペースで書ければよいかなと思います。
ただ今後もしばらくあまり身動きがとれない期間は続くので、これを機会に平均化訓練の参考文献になり得る本を探したり、異ジャンルの資料を平均化訓練の研究として読むための切り口を工夫してみたりなど今出来ることをやっていきたいと思います。

平均化訓練について書くnoteであるという点はぶれたりしないのですが、書評からここに来てくれた人にどう体操を理解してもらうかが悩みどころになっています。
このnote上でも細々と解説を書いたりしつつも、実を言うと僕は体操の解説をするのを避けているところがあります。
特に先生を気取るのは避けたいとずっと思っていたせいか、誰かに体操について説明する工夫はしないままになっていました。
ここは大きな反省点と感じています。

今月の投稿を振り返ってみると火傷シリーズが書けてよかったなと思います。
実際に体操を学んでいる人達の間でもこれは結構気になる話題でもあるので直接の感想や質問をいただくことも何度かありました。

平均化訓練がメソッドとして生まれて10年近く経ちますが、先生以外に人前に立って体操を教える人はひとりも現れませんでした。
指導者という言葉の特別な重みを抜きにしても、そうなったにはそれなりに理由があります。
はっきり言ってしまえばあまり笑えないネガティブな話題です。
そのため話題として特別ピックアップされることも普段はないような話です。
しかし、そんな話だからこそ当事者が有耶無耶の中に仕舞い込んでしまえばそれ以上の発展が無くなってしまうように思います。
何より平均化訓練のコンセプトにまったく逆行してしまいます。
それ故に誰もいなくなってしまったのです。

平均化訓練をやっているのだから、そのコンセプトに逆行することなく、暗い話題もそれが活きるかたちで光を当てていきたいと思っています。
火傷シリーズをこれ以上書くということもないように思いますが、細々とした周辺の話題は出てくるかもしれません。
また、続編にあたる背中を殴られた話もなんらかの形で光を当てられたらよいと思います。
平均化訓練を実践するというのは、そこを避けないということかなと感じています。

来月も引き続き投稿を書いていきたいと思います。

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