ボカロ小説ブームについて(2013年執筆)

ブームの渦中にあった2013年にFebri誌上に執筆したものを記録として掲載します。現在とはまったく状況が異なりますので留意ください

ボカロ小説とは ラノベとの違い

 ニコニコ動画で再生回数数十万以上を誇るボカロ曲(ボーカロイドを使った曲)を原作に書かれた「ボカロ小説」が、10代から20代前半の女子に人気だ。原作の楽曲はもともと物語調に歌詞を展開したもので、最近ではPVも凝ったものが多い。歌詞/小説の中身はと言えば、姉弟や想い人と関係が引き裂かれてしまう“泣ける”悲劇・悲恋や、呪いで次々人が死んだり、恐怖政治が描かれる残酷でエグいもの、主人公が鬱屈としている青春ものがヒットしている。ただの“明るく楽しい”作品は少なく、昨今のラノベのような、ちょっとエロいハーレムラブコメに至っては皆無だ。
 そんなボカロ小説だが、じん(自然の敵P)『カゲロウデイズ』はシリーズ累計1800万部、悪ノP(mothy)『悪ノ娘』はシリーズ累計80万部を突破。他の作品も3万部~5万部はコンスタントに出る。一般文芸なら初版3,4000部、ライトノベルでも多くて初版1万数千部スタートという出版状況で、異様に映るほど盛り上がっている。そのむかし『月刊カドカワ』発で尾崎豊やユーミンの小説やエッセイがヒットしたことのボカロP(プロデューサー=作曲者のこと)版、といえば年長世代にもわかりやすいだろう。

「ボカロ好き=ミク好き=オタク」とは限らない

 ここまで聞いて「いやあ、初音ミクが好きなオタクの勢いはすごいな」という感想を抱いたとしたら、完璧にズレている。
 筆者が都内の中高大学生100余名に取ったアンケートでは、ニコ動の利用率は45%で、ウェブサービスの中ではLINEの52%に次ぐポピュラーさだった。ちなみに好きなTV番組の種類を聞くと、バラエティや日本のTVドラマは30%前後、アニメは47%。今の10代にはアニメやニコ動は普通の存在で、それに触れる=「オタク」だとは思っていないし、クラスで差別されることもない(ある中1は筆者の取材に対し「オタク」という単語自体ふるくさい感じがする死語だと言っていた)。ニコ動で人気の曲が小説化されて売れるのは、TVドラマの原作小説が売れるのと同じくらい当然のことだ。
 ボカロ=初音ミク、という認識も古い。たしかに2007年頃はボカロ=ミクだった。supercellの「メルト」などが代表作で、初期のボカロPにはDTM好きが多く、ダンスチューンも多かった。でもボカロ小説の原作は2008年の「悪ノ娘」「悪ノ召使」(小説化は2010年)以降に集中していて、その頃はボカロで言えば後発ソフト(キャラ)の鏡音リン・レンが人気だった。で、いま中高生が熱狂している「カゲロウデイズ」以降は人気のボカロはGUMIかIAで、曲はやたら速いロック(高速ボカロック)。つまり、ミク以外のキャラが好きな方が普通なので、「ボカロ=初音ミク」という感じで語られても違和感しかない。

10~20代向けロック的な自意識と衝動のはけ口として

 よく知らない人にはパッと見、アニオタ的な世界に見えるだろうが、実は人気のボカロ曲は音も歌詞もロキノンやスヌーザー系の匂いがするものだ(実際、レディオヘッドやナンバーガールが好きなPも多い)。自主規制のせいで表現がヌルいTVドラマや当たり障りのないJ-POPの歌詞、萌え豚(男性オタ)向けのアニメやラノベでは満足できない思春期女子の不安や悩みに刺さる、ややダウナーだがストレートで強い表現を提供しているのが今のボカロ/ボカロ小説である。そういうものに10代が熱狂するのは、まったく自然なことなのだ。

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