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池波正太郎と東海林さだおの料理描写のウマさを受け継ぐウェブ発の一般文芸 秋川滝美『居酒屋ぼったくり』

 秋川滝美『居酒屋ぼったくり』は店名が「ぼったくり」なだけで良心的なお店の話である。
 どころかこの小説、
「おいしいごはんが食べたくなる」
「小説に出てきたお酒が紹介されてるページから酒造に注文したくなる」「ここに載ってる手順で料理をつくってみたくなる」
「なんか読んでてほっこりする」
 という一石何鳥なのかわからないくらいのお得感。『孤独のグルメ』をはじめ昨今話題の食事ものにはハズレなしだが、この作品も読んでいていいきもちになれる。
 舞台は東京の下町。美人姉妹が亡き両親から受け継いで切り盛りする小さな居酒屋「ぼったくり」は、商店街のなかにある。訪れた個性的な客は酒と肴に舌鼓を打ち、あれやこれやの相談が、自然と口の端から漏れてくる――という連作短編。
 ウェブ小説連載を書籍化したもので、著者は『いい加減な夜食』というこれまた食事描写が上手い=美味そうな小説でアルファポリスからデビューした作家である。
『ぼったくり』以外の書籍化作品はいずれも女性向けのロマンス。というか『ぼったくり』もウェブ掲載版はわりと恋愛描写濃いめなのだが、紙の本にするさいに女性以外も読めるように改稿して刊行したところ、もともとの読者層である30代以上の女性のみならず、いわゆる「一般文芸」を読んでいる中高年男性層にも広く支持される作品になった。
 本文改稿以外にも「本」として編集されているのが『ぼったくり』の特徴だ。たとえば本文中に出てきたお酒を図版&問い合わせ先付きで載せたり、著者による料理に関するちょっとしたコラムを短編と短編のあいだに挟んだり、やわらかいテイストをもつイラストレーター/漫画家・しわすだによる料理の絵が入ったりと、そこかしこに食欲をそそるしかけがある。
 部数的にも絶好調なのもうなずける。筆者は著者と編集者に取材したことがあるが、ふたりの掛け合いにはこの小説然とした軽妙さと信頼関係を感じられた。著者の力はもちろん、版元の人間を含めた「いいチーム」から生まれてきた本なのだなと納得した記憶がある。
『ぼったくり』はそのなかではウェブ小説でありかつ「一般文芸」ものだ。「『一般』とは?」なる問題に深入りはしないが、こういう作品がウェブから出てきて紙の世界を賑わしたことは現象としてもおもしろい。
 著者は池波正太郎と東海林さだおを愛読しているという。池波、東海林両御大といえば料理/食事描写のすばらしさにかけては先駆的巨頭――つまり著者はこの路線の正統派の文筆家なのだ。
 そんな著者がなぜウェブから出てきたのか? というと、本人いわく小心者なので出版社がやっている新人賞に送って、結果が出るまで待つ期間の緊張に耐えられないので応募したことがなかったそうだ(ふつうは応募締め切りから最終選考結果の発表まで半年から1年くらいかかる)。
 しかしアルファの書籍化申請はポイントが溜まったら2週間で結果が出たから「それなら待てる」と。既存の小説新人賞とは別ルートで才能をリクルーティングするしくみを作ったアルファなくしてはデビューはなかったわけだ。。
『ぼったくり』は読んでいて絵が浮かぶ作品で、BSでTVドラマにもなったが、アニメや映画でも観てみたい。

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