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ASPIの中国世論戦レポート「Gaming public opinion」の違和感

オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)のレポート「Gaming public opinion」(2023年4月26日、https://www.aspi.org.au/report/gaming-public-opinion)を読んだ。中国のデジタル影響工作の最近の動きについて具体的な事例をあげてまとめており、参考になった。ただ、個々の事例は役に立つものの、それらがうまく整理されていない印象を受けたので全体像の把握には難がありそうだ。

●レポートの内容

中国が行っている最近のデジタル影響工作の実態をTwitter、Facebook、Reddit、Sina Weibo、TikTokなどのSNSのデータおよび関連レポートなどから得た情報をもとに整理したものである。

他のレポートではあまり報告されていない下記が参考になった。

・Honey Badger(蜜獾行动)

中国由来のAPTをアメリカ由来にしたり、アメリカがサイバースパイをしているといったナラティブの流布を増大させている。アメリカをターゲットにしたこの作戦Honey Badger(蜜獾行动)と呼ばれる。中国当局およびメディアのみならず、民間のサイバーセキュリティ企業(Qi An Xin、Qihoo 360、Pangu Lab)などはアメリカの関与を指摘する分析レポート他、中国語および英語のインフルエンサーも利用している。これらのナラティブを拡散する、2021年半ばから活動しているアカウント群も発見した。

このキャンペーンには2つの特徴があると指摘している。まず、東南アジア諸国に最も影響を与えやすいメッセージを理解している。次に、トロールアカウントによる投稿、政府の公式発表、国営メディアの報道は、中国のサイバーセキュリティ企業の誤ったレポートを根拠としている。

・中国の新興大手サイバーセキュリティ企業Qi An Xin(奇安信)

このレポートでは、塩城から行われた攻撃的なサイバー能力、さまざまな種類のスパム偽装キャンペーン、公安プロパガンダの結びつきが、すべてQi An Xinに結びついているとしている。Qi An Xinは中国の諜報、軍事、セキュリティサービスに深くかかわっている
Qi An Xinは塩城を含む江蘇省の政府にファイアウォールを提供している。Qi An Xinと塩城公安は、協力協定の調印式で、ビッグデータ連携セキュリティ国家実験室という2つの新しいコラボレーションセンターを共同で発表したこともある。
Honey Badgerオペレーションではレポートを公開するだけでなく、その拡散を行うための操作も行っていた。
こうしたことから、Qi An Xinは、中国政府機関にデジタルサービスを提供し、偽アカウントをコントロールし、キャンペーンで使用されるレポートを作成することで、中国当局のデジタル影響工作を支援していると結論している。
Qi An Xinは、海外展開も行っており、海外からAPTの監視を請け負う動きがあるとし、そうなった場合、契約先各国に直接アメリカの関与を指摘する誤った報告を行う可能性があるとしている。

・中国のソーシャル・メディア・プラットフォームにおけるスパムアカウント
中国語圏で複数のSpamouflageと連動した活動を初めて発見している。 Sina Weibo、Baidu Tieba、Zhihu、Toutiao、BillibilliなどのSNSやその他の中国のウェブサイトなどで発見されている。また、それらの帰属先についても分析を行っており、塩城公安局、MPSの関与の可能性を指摘している。断言できないと言いつつも、塩城公安局、MPSの活動についてくわしく述べている。
Zhihuに新垣結衣のアカウントがあり、それが塩城に住むアルバイトの若い学生で、デジタル影響工作に関与しているという推測もしている。


繰り返しになるが、他であまり見ない事例があるのと、中国のデジタル影響工作に関する51の報告書をリスト化して載せているなど、すごく便利でした。中国国家安全部(MSS)について書いた記事と会わせて読んでいただくと解像度あがるような気がする。

台湾併合をみすえて暗躍する中国国家安全部(https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2023/06/post-47.php)

●気になった点など

・いささか強引に全体像を描いている

事例などは多いし、参照した資料も多いのだけど、全体像を描き出すには不足していると感じた。そのため、全体像があいまいとしたままである。たとえばいくつかの中国当局およびメディア、民間企業が搭乗するが、それらの関係はあいまいなままである。
米中経済・安全保障調査委員会(USCC)の各種資料では中国当局の組織や役割分担が整理されている。それらによればサイバー攻撃(デジタル影響工作含む)に関する組織および法制度は中国国家安全部(MSS)と戦略支援部隊(SSF:Strategic Support Force)に集約されつつあるという。
ASPIのレポートではいくつかの組織の関係などについて、あいまいな記述や推定があったが、USCCの情報と付き合わせるとだいたいはきれいに整理できる
たとえば、USCCの「CHINA’S CYBER CAPABILITIES: WARFARE, ESPIONAGE, AND IMPLICATIONS FOR THE UNITED STATES」には組織の関連のチャートがあり、これを見ればどこの組織がどこにつながっているかわかる。また、個別の民間企業の関わりの深い部署もわかる。このレポートで言及されているQi An XinはQihoo 360によって創業されており、Qihoo 360は中国国家安全部(MSS)配下であることからQi An Xinも同様だとわかる。
また、MSSとSSFの役割分担がわかると、活動の目的も把握しやすくなる
また、心理作戦を担当する311Base(PLA61716Unit)について言及があるが、311はSSFに統合されており、そのへんの業務区分を入れるとよりわかりやすく、狙いも整理しやすくなるはずだ。

・読み違えも多そう

デジタル影響工作の能力評価においては、安っぽくばれやすい手法を使ったことが予算の制限や能力の低さを示しているわけではない。このレポートでは、安っぽい方法から即座に、「制作予算が少ないことを示唆」といった推論につながったりしている一方で、予算が多いことを示唆する一見すると矛盾した喜寿がある。しかし、これは相手や状況によって、あえて安っぽい方法やばれやすい方法を使うこともあるがわかっていると決して矛盾することではなく、むしろ安っぽい方法やばれやすい方法を使った理由を推定することで状況(それでも通じる相手と判断されたなど)をより正確に把握できるようになる。

・対策が安直かも

対策としてSNSに多くを求めているのだけど、何年も前から言ってることで、問題なのはSNSプラットフォームにその気がないことと、強制できないことに尽きるのでその解決策を示さない以上、何度も描いた「絵に描いた餅」をまた描いただけになってしまう。


個人的には全体像があいまいなままで結論にとびついているような印象があって、???だった。よく調べていると思うし、参考になる箇所は多かったので読んで損ははないと思うけど。
アメリカもデジタル影響工作を行っているし、中国やロシアのしわざにみせかけたサイバー攻撃を準備していたことはわかっているので、中国がアメリカを非難するのも全く根拠のないことはない。バランスの取り方が難しい。

「クアッドと日本の防衛政策を弱体化させ、オーストラリアと北米のレアアース鉱業会社に負荷をかけようとしている」と言ってるけど、確かに目的はそうかもしれないけど、効果はでていないと思うなあ。目的もちょっと違うそうな気がする。
ASPIって中国をすごく敵視しているよね。それはそれでいいんだけど、そのために結論を急ぐのはよくない。

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