2つの民主主義尺度が示すコロナと民主主義の衰退

民主主義の状態を示す指数としては、イギリスのEconomist誌Intelligence Unitの民主主義指数(Democracy Index)と、スウェーデン大学ヨーテボリ大学に本部を置くV-Demがよく知られている。この2つの指数のどちらの年次報告書も今年初旬の最新版で民主主義の後退を報告している。
コロナ・パンデミックによる市民の自由の制限がその原因であるが、衛生・防疫上の理由だけではなくパンデミックを口実とした規制強化が進んだこともその理由である。


●Economist誌Intelligence Unitの民主主義指数(Democracy Index https://www.eiu.com/n/campaigns/democracy-index-2020/)
世界の民主主義指数は指数は2006年に開始して以来最低の数値となった。パンデミックによる規制強化、大規模な不寛容の広がり、反対意見の検閲によるものとしている。2020年のハイライトの冒頭に各国政府がパンデミックにとって生命と自由や権利とのジレンマに直面したことが書かれ、続いてパンデミックの影響でグローバル・パワーが西側からアジアにシフトしたと分析している。台湾、日本、韓国は、「毀損した民主主義」から「完全な民主主義」になった。
アメリカはコロナ、人種問題、選挙で分断が進み、危機に直面している。一方、コロナの押さえ込みに成功した台湾(報告書刊行時点では)は、「完全な民主主義」の仲間入りも果たした成功者となっている。
コロナによって西ヨーロッパではフランスとポルトガルが「完全な民主主義」から「毀損した民主主義」に落ち、全体として後退した。2020年にもっとも民主主義が後退したのは権威主義国家だった。
アフリカではマリが「ハイブリッド」から「権威主義」となるなど、サブサハラアフリカ地域での民主主義の衰退が目立った。これらの地域では、反体制派や政治的敵対者をコロナを口実に迫害していた。
東ヨーロッパとラテンアメリカではコロナを口実とした規制強化などが見られた。MENA(Middle East & North Africa)でもスコアが減少した。

このレポートでは、民主主義の後退の原因はパンデミックであるとしながらも、それはこれまで存在していた民主主義の問題点が浮き彫りになっただけとも指摘している。民主主義における権力の行使は極めて重要な問題であり、過去5年間のポピュリストの盛り上がりによって、すでに顕在化していた。パンデミックは、それにスポットライトを当てただけだという。

トランプ大統領のツイッターアカウントが凍結されたことに対して日本では称賛の声がよく聞かれるが、このレポートは批判的である。パンデミックが始まってからSNS企業は検閲を強めてきたとし、選挙で選ばれたわけでもなく、責任も負わない大手ハイテク企業のCEOが、現職の米国大統領をSNSから追放できるということは、表現の自由を信じるすべての人にとって懸念すべきであるとしている。

なお、こうした状況においても2020年市民の政治への関与に関する指数は上昇した。この指数はコロナ以前から上昇し続けているもので、市民の政治への関心の高まりや抗議活動の活発化などを示している。他の指数が下がった分、市民の問題意識や不満が政治への関与を促すことになったのだろう。


●V-Dem(https://www.v-dem.net/en/)
V-Demでもパンデミックによる影響を注視しており、スウェーデン外務省の支援を受けて、「Pan-demic Backsliding」を行っていた。2020年12月まで、144カ国のCovid-19に対する国家の対応と、民主主義への潜在的な影響を追跡し、インタラクティブなオンラインダッシュボードをネットでアクセスできるようにしてある。
Pandemic Backsliding
https://www.v-dem.net/en/our-work/research-projects/pandemic-backsliding/
歴史は前掲の民主主義指数の方が長いが、V-Demは短期間に世界各国の専門家や機関の助力を得て、その分析力を高めている。また、民主主義指数の報告書に比べると、数値および具体的な事例が豊富に盛り込まれている。
V-Demは2019年を「抗議の年(year of protest)」と呼び、2020年を「ロックダウンの年(year of lockdown)」と呼んでいる。ほとんどの民主主義国はパンデミックに直面しても責任ある行動をとっていたが、対象となった144カ国のうち、国際基準違反がなかったのは14カ国に留まる(ここでの国際基準とは国際人権法を指す)。
独裁国家では状況はさらに悪化しており、55カ国がパンデミックへの対応において、大規模または中規模の違反行為に関与していた。V-Demのデータは、民主主義への直接的な影響は今のところ限定的としているものの、パンデミック収束後に元に戻らなければ影響はさらに広がると指摘した。
規制ではメディアの自由に対する制限が圧倒的に多く、全体の約3分の2の国が中程度の制限を課していた。緊急措置の乱用も非常に多く、約半数の国が少なくとも軽微なレベルを記録し、約3分の1の国(31%)が期限のない緊急措置をとっている(あるいはとっていた)。また、4分の1(25%)の国が何らかの情報操作を行っており、17%の国ではパンデミック時に立法府の役割が制限されていた(あるいは、そもそも立法府のチェック機能がなかった)。差別的な措置がとられたのは15%の国で、境界線を越えることのできない権利の侵害は7%の国で発生した。完全独裁国家や選挙独裁国家では、違反行為が多く見られた。

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