「Why the Human Rights Movement Is Losing」の落とし穴

Foreign Affairsに7月21日に掲載された「Why the Human Rights Movement Is Losing And How It Can Start Winning Again」(https://www.foreignaffairs.com/world/why-human-rights-movement-losing)を読んだ。民主主義の危機に警鐘を鳴らし、その対策を提案している論考だ。

●本書のあらまし

●人権運動の理想主義的批判では大衆を動員できない

人権は民主主義最強の武器であると著者は言う。人権運動は現在、一方的で高慢という批判を権威主義から受けているが、それは人権擁護自らがもたらしたものだと指摘する。
歴史的には人権意識の高まりは無私の利他的精神に基づくものではなく、力を増した商人や都市の中産階級が自らの自由と権利を確保するという自分自身のための行動から生まれた。
多くの立憲民主主義国家では、権利に基づく制度によって強力な中核的有権者がいったん確立されると、今度はそれ以外集団にも権利を拡大していった。人権擁護者たちは、反奴隷運動、ガンジーのインド独立のための非暴力運動、キング牧師の公民権運動の勝利を理想主義の賜物だと言うが、その成功は、それぞれの社会で強力なマジョリティの共感を得て、大衆社会運動を引き起こしたことが勝因なのだ。勝利のために、原則に基づいた活動家、大衆運動、進歩的な政党は、政治的権力を得るために都合のよい取引をすることも含めて妥協してきた。現在の人権活動家は理想主義的な批判に偏り、大衆を動員できていない

●民主主義再興の方策

統計的に民主主義は経済的な成功をもたらしている。自由民主主義的な人権を認めずに、中所得の罠(一人当たりGDPが米国の25%)を超えて発展した国はない。

経済的不平等の拡大と偽情報の氾濫により、人権に基づく民主主義の魅力は損なわれている。リバタリアニズムの台頭した結果、自由主義秩序に対する民衆の反発が生まれている。正しい人権に基づく民主主義を復活させるために、民主主義諸国と人権擁護団体は、国際的なマネーロンダリング、脱税、盗難資産の隠匿、ヘイトスピーチ、中傷、虚偽情報のグローバルな普及に対してはるかに厳格な規則を課すよう働きかける必要がある。
……として、いくつかの処方箋をあげている。理想主義を捨てて多数派を取り込むための妥協の提案と言ってもよいだろう。たとえばウイグルの問題をバイデンのように「ジェノサイド」と批判しても改善されない。ウイグル人の強制労働に依存する輸出品に厳しい制限を課す方が効果的である。こうした一連の方策が例とともに示されている。それらの対策の根本にあるのは、人権が本人に利益を与える事実を強調することだ。

●感想

民主主義の再興に関する記事を読むといつも違和感を覚える。この記事でもそうだ。たとえば著者は下記のように言っている。

・人権運動が広がったのは力を増してきた商人や都市の中産階級が自己の利益のために運動したためである。
・統計的に民主主義は経済的な成功をもたらしている。
・リバタリアニズムの台頭した結果、自由主義秩序に対する民衆の反発が生まれ、民主主義の魅力は損なわれている。


素直にこう解釈できないだろうか?

商人や都市の中産階級が自己の利益のために権利を拡大した結果、瑕疵のある民主主義が生まれたが、GDPは成長した。瑕疵を利用してさらに「自己あるいは自社」の権利を拡大したリバタリアニズムの企業がより多くの冨を得るようになり、民衆の反発が生まれ、民主主義の魅力は損なわれている。

そもそも民主主義になったから経済成長したのではなくて、経済成長の過程で豊かになった層の主張が大きくなり、パワーバランスのために民主主義化しただけなのではないだろうか?
以前から言っているように、民主主義が経済成長を促進するなら瑕疵のある民主主義に留まらなかったし、そこからさらに瑕疵のあるリバタリアニズムの台頭もなかったと思う。もしかすると著者の言う「妥協」が瑕疵のある民主主義に留まるということかもしれないが、そこには問題がある。力のある多数派が向かう目標が個人の利益である以上、より利益の得られる統治形態があればそちらを支持するということだ。
そしてリバタリアニズムが台頭したアメリカは急激に経済力を下げるわけでもないし、今でも世界の民主主義のリーダーなのだ。だったらこのままでいいじゃないかと多数派は思いそうだが、そうではないのだろうか? そして、アメリカが手本になるなら、他の国も同じようにするだろう。

参考
民主主義の瑕疵については下記。
世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家だった
https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2021/03/post-22.php
民主主義のゼロデイ脆弱性
https://note.com/ichi_twnovel/n/nf71c13da5efe

民主主義の現在 民主主義を知るための本
https://note.com/ichi_twnovel/n/n6651178d7522?magazine_key=m6c3f2276706c





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