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イスラエルが行ったデジタル影響工作キャンペーンはゲーム感覚で参加できる世論操作ツールを含む包括的なものだった

イスラエル政府が世界各国に対して行っていたデジタル影響工作キャンペーンは、すでにopenAI、Metaの四半期脅威レポートで報告されている。

OpenAIの脅威レポートにはなにが書いてあったのか?https://note.com/ichi_twnovel/n/nde4210aa157b
Metaの2024年第1四半期脅威レポートhttps://note.com/ichi_twnovel/n/n56bddf81fcf9

noteではとりあげなかったが、イスラエルの市民による調査イニシアチブFake Reportersはより詳細なレポートを公開していた。最近、Fake Reportersが新しいレポート「Pro-Israeli Influence Network New Findings」https://fakereporter.net/pdf/pro-Israeli_influence_network-new_findings-0624.pdf?v=3 )を公開し、これに合わせてNew York Timesなどが報道を行ったことで、イスラエル政府が行っていた活動の全容が見えてきた。

●概要

イスラエル政府が、120人以上のアメリカ国議員を標的とした偽情報キャンペーンを展開していたことが判明した。このデジタル影響工作キャンペーンは、3月に初めて暴露された。
約600の偽アカウントが、イスラエルの軍事行動を支持し、パレスチナ人権団体を非難し、人権侵害の主張を否定するコメントを、毎週2,000件以上投稿していた。
イスラエル政府はキャンペーンに200万ドル(およそ3億円)を費やしており、それを実行するためにイスラエルの政治マーケティンググループSTOICと契約していた。

このキャンペーンではデジタル影響工作キャンペーン用のツールがいくつも投入されていた。

・word of Iron

「Words of Iron」の利用は2023年10月のハマスの攻撃の直後から始まった。ハマスやその支援団体は、メッセージングを広めるのにTelegramとXを中心に利用していた。これに対抗してイスラエル政府は、複数のSNSに広告を掲載したほか、Huluやモバイルゲーム、同国の公式SNSアカウントで、ハマスの犯罪を責めた。

Words of Ironは、あらかじめ選択された親イスラエル的な投稿を「返信と共有」か、「虚偽」または「反イスラエル」のコンテンツを「報告する」かの2つのオプションを選択するだけで、SNSでのコミュニケーションを行うことが半自動的に可能となっている。ユーザーがフェイスブック、X、Instagram、TikTokの投稿を選択して、「返信と共有」を選択すると、ユーザーが投稿すべき返信のテキストとハッシュタグが自動的に生成される。Xでも、自動的に返信を作成することができ、ユーザーは「公開」ボタンをクリックするだけでよい。

ゲーム的な要素も盛り込まれており、ユーザーが投稿への返信と共有または報告のボタンをクリックすると、ポイントが付与され、スコアが表示される。ユーザーは1日の参加目標を達成するためにWords of Ironを繰り返し使用するようになる。
2024年1月には「オートパイロット」オプションがGoogle Chromeのプラグインとして提供され、ユーザーはワンクリックでほぼ全自動で返信などが可能になった。

ハッシュタグ「#wordsofiron」の使用状況を分析したところ、このハッシュタグを含む返信の受信者トップ10のうち9人がアメリカやヨーロッパの指導者および政治家であることが明らかになった。
2023年10月10日から2024年3月10日の間に、ハッシュタグ「#wordsofiron」は5,000人以上のユニークユーザーの投稿に40,000回以上登場し、推定リーチは約163 万人に達した。ツールのローンチ日である10月13日にエンゲージメントは急増し、そのほとんどが返信だった。その後、エンゲージメントは急速に減少し、Words of Ironは一時的に成功を収めたにすぎないことを示唆している。

Words of Ironの投稿は、OpenAI のChatGPTを使用して生成されたもので、投稿の言語の多くは「ぎこちない」ものだった。
いまのところ、この作戦は「ずさん」で「効果がなかった」と評されており、一般市民や政府高官にはほとんど影響を与えなかった。Metaによると、効果が出る前にMetaがテイクダウンしたおかげだそうだ。

Words of Ironの前には、同様の目的のために利用されていたスマートフォンアプリ「Act.IL」が使われていたが、その効果はあまりなかったと評価されている。
10月7日以降、イスラエルを支持するコンテンツのオンラインリーチを拡大するための「Israeli Spirit」のようなボランティアのイニシアティブや、ボランティアが有害または虚偽であると考えるソーシャルメディアコンテンツを大量報告するのを支援する「Digital Dome」や「Telegram bot Iron Truth」などのプロジェクトを立ち上げた。
このほかにMoovers、、Project T.R.U.T.H.といったツールがあり、いずれも、SNSの返信をAIが生成してくれる。

これらのツールに関連すると思われるSNSアカウントを自動作成、管理するための基本的な自動化ツールコードがGitHubで見つかっている。

FakeReporterは、3月にキャンペーンの活動に関する報告を発表して、イスラエル政府が、偽のSNSアカウントや、「Non-Agenda」、「The Moral Alliance」、「Unfold Magazine」を使って、イスラエル寄りのニュースの作成や再公開などを行っていたことを暴露した。たとえば国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)とハマスとのつながりを主張するニュースなどを配信していた。

「Pro-Israeli Influence Network New Findings」( https://fakereporter.net/pdf/pro-Israeli_influence_network-new_findings-0624.pdf?v=3 )
「Pro-Israeli Influence Network New Findings」( https://fakereporter.net/pdf/pro-Israeli_influence_network-new_findings-0624.pdf?v=3 )

・拡大するネットワーク

FakeReporterはその後、STOICの影響力ネットワークが広がっていることを示す第2弾のレポートを発表した。下記のWebサイトが報告されている。親イスラエルの外国影響力キャンペーンは、左派の聴衆をターゲットにしており、「Serenity Now!」の内容からも明らかなように、極左を装おうとしており、過激な反政府レトリックも採用している。
これらのWebサイトは同じネットワークで拡散されており、ひとつのオペレーションで運用されていると考えられる。

・善きサマリア人(The Good Samaritan)
・Uc4canada.com - United Citizens for Canada
・Arab Slave Trade
・Serenity Now!
・The Human Fellowship

・善きサマリア人(The Good Samaritan)

善きサマリア人というWebサイトへのリンクを告知する架空のアカウントがいくつか見つかった。このサイトはアメリカの大学のインタラクティブマップなどのサイトであり、赤はユダヤ人にとって危険であることを示し、緑は安全を示している。大学を示す●をクリックすると詳細が表示される。他に大学で起きていることのさまざまな記事へのリンクもある。

アメリカのキャンパスはユダヤ人にとって危険になっていると主張し、10月7日にハマスが犯した犯罪、特に性的暴行を強調し、UNRWAに対する否定的な記事を掲載していた。
Non‐Agenda、The Moral Alliance、Unfold Magazine という3 つの架空のオンラインプラットフォームへのリンクが含まれていた。これらのWebサイト上の親イスラエルコンテンツの大部分は国際的なニュースサイトから取得されていたが、オリジナルも一部あった。
全米の大学で親パレスチナ抗議運動が始まった時期と重なった頃に、このWebサイトの告知が行われていた。

・Uc4canada.com - United Citizens for Canada

イスラム嫌悪的のWebサイトで、イスラム教徒出身のカナダ国民を西洋の価値観に対する脅威として描写し、カナダのイスラム教徒がシャリーア法の実施を求めていると指摘している。
X、フェイスブック、Instagram、Youtube などのSNSで拡散されていた。

・Arab Slave Trade

アラブ人がアフリカ人の奴隷化に歴史的に関与してきたことを紹介している。親パレスチナ派のアフリカ系アメリカ人市民をターゲットにしていた可能性がある。

・Serenity Now!

アナキスト、いわゆる反体制的な破壊的なコンテンツを提供している。

・The Human Fellowship

その目的とターゲットは不明。

●感想

イスラエルのデジタル影響工作能力が高いことは知られていたが、今回のような大規模な作戦が暴露されたのははじめてかもしれない。もしかしたら表に出なかっただけで、発見されたことはあったのかもしれない。Metaはインドのデジタル影響工作について発見し、テイクダウンしても公には発表しない。それと同様のことがイスラエルに対しても起こっていたのかも。

ゲーム感覚でスコアを稼げるというのはおもしろいが、おそろしい。そのうち、特定の誰かを誹謗中傷で追い詰めてSNSから追い出すと高ポイントのようなことが起きそうだ。

これだけのことをやって、たいして効果が出ていないのは、Metaが言うように早期に対処したせいなのかな?
ただ、個人的にはこれらの活動は新しい層を取り込んだり、するというよりはセオリー通りに、もともとそういう意識のある人を強化する、現在のシンパの離反を食い止めることが目的だったように感じる。そうすると、評価もまた違ってくるかもしれない。

生成AIの登場もあってデジタル影響工作はより多くの国のサイバー活動に組み込まれている。これまでは主としてアメリカ政府あるいはEUの機関が作戦を暴露してきたわけだが、デジタル影響工作の能力を持つ国が増えるととてもカバーしきれなくなるので、各国が自衛策を講じなければならない。その意味では日本が誤・偽情報対策に力を入れているのは正しいともいえる。ただ、欧米で効果が出ていない(検証されていない)方法をやるつもりなのが気になる。そもそも今回、イスラエル政府がやっていた内容は必ずしも誤・偽情報ばかりというわけではないから誤・偽情報を検知して対処は有効ではない。それをやると、欧米と同じように反体制の極右などが台頭する。

出典

Online tool helps social media accounts amplify pro-Israel messageshttps://dfrlab.org/2024/06/11/online-tool-helps-social-media-accounts-amplify-pro-israel-messages/

Pro-Israeli Influence Network New Findingshttps://fakereporter.net

Israel Secretly Targets U.S. Lawmakers With Influence Campaign on Gaza Warhttps://www.nytimes.com/2024/06/05/technology/israel-campaign-gaza-social-media.html?searchResultPosition=1

Israel targeted more than 120 US lawmakers in disinformation campaignhttps://www.politico.com/news/2024/06/05/israel-targeted-lawmakers-in-disinformation-campaign-00161906

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