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デジタル影響工作関係者必読!『新しい階級闘争』が語るグローバルノースの課題

『新しい階級闘争: 大都市エリートから民主主義を守る』(マイケル・リンド、東洋経済新報社、2022年11月18日)を読んだ。最近、気になっていたことを整理するのにだいぶ役だった。ただし、じゃっかん強引に論を進めている箇所もあるので、その点注意が必要に思う。
欧米の一部の専門家や研究機関では、現在起きている分断や闘争は、エリート層と労働者層あるいは富裕層と貧困層の間のものであるという認識がある。感想でくわしく書くつもりだが、格差に関する統計にもそのことは現れている。
本書はデジタル影響工作の効果を否定しているが、それと同時になぜ今デジタル影響工作の威力が高まっているのかも同時に説明しているように感じた。デジタル影響工作に関心を持つ方は読んでおくことをおすすめする。
主として私が個人的に気になったポイントを中心に本書を紹介してみたい。
感想は長くなりそうなので、別途書く予定です。

●本書の要旨

本書は、欧米が直面している階級闘争について分析している。第二次大戦後、共産主義およびソ連の脅威に対抗するため、欧米各国は労働者階級と融和する政策をとった。多数を占める労働者階級の主張や意見が政治、経済、文化面で尊重されるようになった。
しかし、ソ連が崩壊し、共産主義はもはや脅威でなくなり、労働者階級との融和が不必要になると、富裕層はテクノクラート新自由主義を掲げてグローバリゼーションなどの改革を進めて、政治、経済、文化のすべてを手中におさめた。その結果、欧米の政党は左派右派といったイデオロギーに関係なく、富裕層を支持母体とするものに代わり、メディアに取り上げられることもなくなった。
ポピュリズムの台頭は不可視化された多数の労働者階級の反発を利用したものであり、国内のさまざまな問題の多くをロシアの影響工作によるものとする論調は不可視化されている労働者階級の反発を覆い隠すための方便に過ぎない。
解決策は民主的多元主義である。

●本書のポイント

・ヨーロッパと北米(私としてはグローバルノース主流派と呼びたいところだが)の民主主義諸国は、大都市で働く高学歴の支配層(本書の表現では「管理者(経営者)」)と、その国に昔からいた労働者と移民労働者の層がある。

・新しい闘争はグローバルなものではなく、たまたま各国で同時に起きている国内の問題だ。

・大都市で働く高学歴の支配層はインサイダーであり、被支配層はアウトサイダーである。左派対右派という構図はなくなり、支配層と被支配層に分裂している。後者から支持されたのが、トランプ、ボリス・ジョンソン、バーニー・サンダースなどでだ。

・ポピュリスト政治家は既存政党を腐敗したエリートと批判し、貿易や移民の制限を主張し、多文化主義やグローバリズムを批判し、ポリティカル・コレクトネスを無視する。

・ポピュリストは反動的であり、建設的な構想を持っていない。ポピュリストが得意なのは選挙であって、統治ではないのだ。そのため、ポピュリストはほんとうの意味で支持者を代弁することはできない。

政治、経済、文化という社会の3つの側面でインサイダーは選挙によらない支配を確立した。政治では大衆参加型組織だった政党が、献金者やメディア・コンサルタントに支配されるようになった。同時に立法など多くの権限が行政機関や司法機関(ジュリストクラシー)もしくは国際機関といった国内の選挙とは関係ない組織に委譲された。経済では、脱労働組合化、規制の撤廃、グローバリゼーションによる海外労働の活用などを進めて労働者の影響力を下げた。文化の面では監視役となっていた宗教や市民の倫理観よりも、リバタリアン価値感を持つ裁判官などに変わった。
アメリカでは、ユナイテッド・ウェイやアメリカ在郷軍人会などの大衆参加型の市民連合ネットワークが崩壊した。地方を基盤とする会員組織や教会の信者組織から、財団や財団が出資する非営利団体、大学などに重心が移り、支配層が文化への影響力を手にした。

・アメリカで社会保障費の維持・拡大と移民の維持・縮少を支持する「ポピュリスト」は有権者の40.3%だが、社会保障費の削減と移民の拡大を望む「新自由主義者」は3.8%で、「リバタリアン」は2.4%でお合計しても有権者の6.2%にすぎない。この6.2%がアメリカを支配している。

・現在の支配層であるテクノクラート新自由主義とポピュリズムはどちらが勝っても違う地獄になるだけだ。民主的多元主義に可能性がある。

・第二次大戦後、1970年年代に労働組合、大衆参加型政党、市民団体の力で一時的に民主的多元主義が実現した。

・民主的多元主義では選挙は必要条件であるが、十分条件ではない。

・このままだとテクノクラート新自由主義が、手にしている権力を駆使して勝利する可能性が高い。

・テクノクラート新自由主義がポピュリストに対して打てる手は懐柔と抑圧である。抑圧に向かう可能性が高い。

・欧米の民主主義国ではポピュリストの台頭を全体主義の復活やロシアの干渉によるものと考えることが多い。しかし、実際にはテクノクラート新自由主義による寡頭政治への反発だ。支配層からすると、全体主義やロシアのせいにしておいた方が本当の問題を不可視のままにできるので便利なのだ。

・テクノクラート新自由主義たちは労働者を格下の劣った者と認識しており、そのため労働者に対する支援は労働者でなくすすることになっている。単純な労働者から専門技術者、投資家、経営者へ変えようとする。しかし、これらは「君たちが今やっている仕事には価値がなく、だから収入も少ない。したがって仕事を変えるべきだ」と言っているのと同じだが、労働者階級が行っている仕事の多くは人手が足りていない。問題は正当な報酬と福祉を与えていないことなのだ。

・テクノクラート新自由主義は、欧米の社会には階級はなく、課題があるとすれば人種とジェンダー問題くらいで、あとは本人の努力と能力で希望を達成できると想定している。うまくいかないとすれば、それは個人の責任になる。しかし、こうした主張には根拠がないことは統計的事実が示している。

・本書には民主的多元主義についてもくわしく書かれていたが、ここでは扱いする。

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『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
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