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『Manufacturing Consensus』の感想

サミュエル・ウーリーの最新著作『Manufacturing Consensus』の概要はこちらに書いたが、いろいろ書きたいことがあってまとまらないので、とりあえず思いついたことをランダムにかきとめておく。また書き足すかもです。

●SNSプラットフォームというウロボロスの蛇

サミュエル・ウーリーは社会の合意形成に関わるものを3つあげている。
・ボット、ソックパペット、愛国的ナノインフルエンサーは、ツールや人手によってSNSを通して影響を与える。
・SNSプラットフォームのアルゴリズム、レコメンデーション、トレンドは、コンピューテーショナル・プロパガンダによって操作され、メディアにそれが多数派と誤解させる。
・メディア。ニュースなどは、世論形成に影響を持つが、SNSプラットフォームを世論の目安とし、時にコンピューテーショナル・プロパガンダの偽情報を流布することもある。

これらはウロボロスの蛇のように相互に絡み合い、影響を与え合っているとサミュエル・ウーリーは指摘する。まったくその通りで、同じことは利用者との間でも起きている。SNSプラットフォームのアルゴリズム、レコメンデーション、トレンドは、利用者を行動に誘導すると同時に、利用者の行動によって変化するものでもある。
そのため、サミュエル・ウーリーはSNSプラットフォームには開発者の偏見や主張がエンコードされていると同時に、利用者の偏見や主張もエンコードされていると分析している。
正直、その通りだと思うものの、ではいったい誰がアルゴリズムの支配者なのかわからなくなる。

●ナノインフルエンサー+ジオ・プロパガンダ

本書はナノインフルエンサーの活躍と、WhatsAppなどのメッセンジャーアプリの活用について紹介している。それを読んで思いだしたのは、小規模のSNSでも大きな拡散を生み出すことができるという分析である。
2021年1月6日のアメリカ連邦議事堂襲撃事件には当時の利用者が1,300万人という小規模のParlerが大きな役割を果たした。実はParlerの中で発信された情報がフェイスブックやツイッターなど大手SNSプラットフォームに拡散する流れができていた。また、参加者が特定の地域に偏っていたこともわかっているので、指摘されているジオ・プロパガンダの効果とも言える。

昨年の合衆国議会議事堂暴動を生んだ暴力のエコシステム「Parler and the Road to the Capitol Attack」
https://note.com/ichi_twnovel/n/nc27a142b81e3

ナノインフルエンサーたちの影響力はさまざまな形で広がっているように思える

前述のようにサミュエル・ウーリーが今後の研究課題にあげていたジオ・プロパガンダにも通じる。ローカルであることはより強い結びつきの小規模コミュニティであり、ナノインフルエンサーの特徴と重なる。また、アメリカ連邦議事堂襲撃事件では参加者が特定の地域的に偏っていたこともわかっている。ナノインフルエンサー+ジオ・プロパガンダはかなり強力な組み合わせになりそう。

●国際世論のアジェンダセッティング

以前から国際世論はアメリカを中心とするグローバルノース主流派のメディアや著名人によって形成されると書いてきた。

ナノインフルエンサーがアメリカの大手メディアに影響を与えているということは、彼らが国際世論のアジェンダセッティングにも影響を与えていることになるので、かなり危ないと感じた。

●AI支援デジタル影響工作ツールの時代

AI支援デジタル影響工作ツールがナノインフルエンサーの力を強化し、その影響力を拡大することは間違いなさそう。

●SNSプラットフォームのデータを用いた研究のほとんどは「街灯の下で鍵を探す」のと同じ

SNSプラットフォームのアルゴリズムや機能やデザインが利用者の行動に影響を与えるのは、よく言われることだが、それをまともに考えた人はあまりいないようだ。それがほんとうだとすれば、SNSプラットフォームのデータを用いた計算社会学やデータサイエンスの成果はこれらの影響を考慮していないのでほとんどゴミからゴミを作っていることになる。いわゆるガベージインガベージアウト。
レコメンデーションなどのアルゴリズムと偏見をエンコードされたシステムが影響しているため、自然の状態での発言、反応ではない。一定の偏りがあるので補正が必要。
アルゴリズムや機能やデザインは適宜変更されるので連続性がないため、異なる時点でのデータを同じように扱うことはできない。
また本書で紹介されているナノインフルエンサーのほとんどはバンされずに活動を続けており、彼らによってSNSプラットフォームのアルゴリズムは騙され、レコメンデーションやトレンドが操作されている。しかもナノインフルエンサーの誘導先は都度変わる。これも大きくデータの信頼性を損なっている。

もともと利用者が変化(退会、入会、凍結など)するので、信頼度の低いパネルとして適切な調整をおこなう必要は以前から指摘されてきた(実際にやっている人を見たことはない)。
また、研究サプライチェーンの問題もある。

ということを考えると、SNSのデータを使用するのは「街灯の下で鍵を探す」ことになる。これは下記のような寓話だ。

夜にある男が街灯の下で鍵を探していた。通りすがりの人が手伝ったが、いっこうに見つからない。「どこで鍵を落としたんですか?」と訊ねたところ男は離れた暗がりを指さし、「あそこで落としたのですが、暗くて見えないので明るいここで探しています」と答えた。

使い勝手がいいからといってSNSのデータを使うのはこれと同じということだ。もともとは『Big Crisis Data: Social Media in Disasters and Time-Critical Situations』(Castillo, Carlos、Big Crisis Data、2016年、Cambridge University Press)でSNSのデータは利便性が高いが、それゆえ「街灯の下で鍵を探す」ことになりかねないで指摘されていたことだ。


『Manufacturing Consensus』(サミュエル・ウーリー、イエール大学出版局、2023年1月31日)

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