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世界最大の民主主義国であるインドの右派過激集団(RWE)Hindutvaに関する初の大規模データ分析

「Identifying Themes of Right-Wing Extremism in Hindutva Discourse on Twitter」(https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/20563051231199457)を拝読した。Piyush Ghasiya、 Georg Ahnert、 笹原和俊によるもので、インドにおける右派過激集団(right-wing extremism、RWE)のツイッター上での活動の実態を明らかにしたものだ。


クアッドなどのおかげでインドのことに関心を持つ人も増えたと思うが、それでもインドはまだまだ日本ではあまり知られていない。インドのモディはいち早くネット世論操作、デジタル影響工作を始め、政権奪取、維持、影響力拡大に役立ててきたと言われている。
インド政府が行っている国内向けのネット世論操作はブラジル、メキシコ、トルコ、ナイジェリアなどさまざまな国がインドを模倣してネット世論操作を行っている。先行事例としてインドの研究はきわめて重要だ。
この論文には、インドの政治やRWEについての説明があり、予備知識なしでもだいたい理解できるようになっている。

●内容

インドのナランディア・モディ首相と政権党であるBJPは、Hindutvaというイデオロギーを採用している。Hindutvaは宗教的な側面もあるものの、実態としては過激な右派のナショナリズムだ。政権が採用している以上、インドにとって重要であり、インドにとって重要である以上、インドを重要な同盟国とみなしている日本など各国にとっても重要である。
しかし、その実態はあまり調査されてこなかった。世界各国でRWEの活動は活発化しているが、ほとんどの研究は欧米の活動を対象にしている。今回のようにインドを対象に大規模なデータをもとにして分析ははじめてだという。この論文では、ツイッターでの調査を元に下記を明らかにしている。

RQ1:ツイッター上のHindutva関連の発言は、RWEとヒンドゥトヴァの関係について何を明らかにしているか?
排外的ナショナリズム(特にイスラム排除)、陰謀論(イスラムに関する陰謀論など)、抑圧されたグループに対する暴力と憎悪が確認された。

RQ2:ヒンドゥーヴァを支持するヒンディー語圏のツイッターユーザーと英語圏のツイッター ユーザーの間で、有害行動に違いはあるのか?
ヒンディー語の方のツイートの方が毒性(Toxicity)が高いことが確認された。ただし、英語とヒンディー語ではツイッターのモデレーションやレコメンデーションなどが異なる可能性もあり、その影響が出ている可能性は否めない。

前述のように世界各国でRWEは増加しており、世界最大の民主主義国であるインドにおける大規模調査はとても参考になる。

●感想

英語圏以外での大規模データを使った調査は少なく、妥当な手順を踏んで行ったものとなるとさらに少なくなる。また、インドを対象にした調査も多くない。その意味では大規模データを用いて、Hindutvaについて分析した本研究は貴重であり、今後の参考になることは間違いない。
大規模データを用いた分析ではたまに背景の整理がなされていなかったり、適切なRQが立てられていなかったりすることがあるが、この点でも本研究はきちんと整理されていた。
前述のように背景の説明がコンパクトにまとまっているので、世界最大の民主主義国であるインドが気になっている人には一読の価値があると思う。

個人的にはとても参考になった。いくつか気になる点もある。ほとんどはどちらかというとこういうのもほしいという要望である。箇条書きにしてみた。

・Whatsappについて

この論文ではTelegramやGabの話がちらっと出てくるのだが、Whatsappはまるで出てこなかった。実は、インドにはWhatsapp最大の5億人の利用者がいる。政権与党であるBJPはWhatsappをフル活用している。ツイッターの利用者も多いが、Whatsappには及ばない。インドの情報エコシステムの全体像の整理があって、そこでツイッターやWhatsapp、Telegramなどの棲み分け、使い分けが示されているとわかりやすかったように思う。

・ITセルについて

欲張りとは思うのだが、ITセルの組織構造の分析もほしかった。BJPのネット世論操作は組織化されており、メンバーはITセルと呼ばれている。彼らはボットを使うこともあれば、人手で行うこともある。主たる活動場所がWhatsappである。Whatsappを使うことによって、イデオロギーだけではなく、個人的な関係によって結びつきを強めている。BJPの1億8千万人の党員がこうした活動を行った場合の効果は絶大だろう。Karnataka州の選挙では15万人がSNSでの選挙活動に動員された。
ITセルはボランティアともフリーランサーとも言われる。実際には両者が入り混じっており、さらに一人で報酬をもらいつつ自分の信念にあったものだけやっている者もいる。今回の論文ではナノ・インフルエンサーには触れていなかったが、現在はメッセージング・アプリを利用したナノ・インフルエンサーの利用も増えているらしい。ITセルの組織や活動実態がわかると、調査設計や分析もより包括的になったような気がする。

・ツイッターのモデレーションについて

英語とヒンディー語の違いについての分析で、11ページにツイッターのモデレーションの影響に触れている。全く同感でミャンマーなど他の国での事例から考えると英語以外の言語についてモデレーションが充分に機能していなかったり、不適切な形で働いている可能性は高いと思った。この点もいずれ明らかになるとよいと思う。イーロン・マスクは協力しそうにないけど。

・プラットフォームによるモデレーション(ヘイトスピーチの排除、当該アカウントの排除)について

2ページにHindutvaは排除の対象にならないという書かれている。Metaに関して言うと、2020年以降、その傾向は顕著になった。2019年にMetaはインドのアカウントをテイクダウンしている(https://about.fb.com/news/2019/04/cib-and-spam-from-india-pakistan/)
しかし、その後、インドからの圧力により、難しくなったようだ(https://www.washingtonpost.com/world/2023/09/26/india-facebook-propaganda-hate-speech/)。
ツイッターの場合は、もっとゆるそうだけど。

・この論文でもちらっと触れているが、他国のRWEとの関係の調査も今後課題になりそう。

・余談 Metaは2020年以降もテイクダウンはしていないもののCIBをとらえて分析しており、その詳細が公開されることがあれば、この論文と合わせて貴重な定量的な資料になる。期待したい。


論文に書かれているように、世界最大の民主主義国であるインドについての研究は少なく、大規模な定量調査はほとんどない。さらなる研究に期待したい。
ただ、インドのRWEは海外の研究者であっても容赦せずにしつような嫌がらせや場合によって暴力まで行う。個人的な攻撃を受けた研究者は少なくない。今回の論文の執筆者の方々には充分ご注意いただきたい。

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関連
Inside the vast digital campaign by Hindu nationalists to inflame India
By Gerry Shih
https://www.washingtonpost.com/world/2023/09/26/hindu-nationalist-social-media-hate-campaign/

Role of Public WhatsApp Groups Within the Hindutva Ecosystem of Hate and Narratives of “CoronaJihad”
https://ijoc.org/index.php/ijoc/article/view/16255

The Rise of a Hindu Vigilante in the Age of WhatsApp and Modi
https://www.wired.com/story/indias-frightening-descent-social-media-terror/

The Hindutva Threat outside India
https://www.hudson.org/religious-freedom/hindutva-threat-outside-india

Cow Protection Legislation and Vigilante Violence in India
https://acleddata.com/2021/05/03/cow-protection-legislation-and-vigilante-violence-in-india/

Why Hindutva ecosystem is cheering Putin’s decision to invade Ukraine
https://www.nationalheraldindia.com/india/why-hindutva-ecosystem-is-cheering-putins-decision-to-invade-ukraine

Tracking rising religious hatred in India, from half a world away
Raqib Hameed Naik, a Kashmiri Muslim journalist hiding in America, is ready to bring his data project out of the shadows
https://www.washingtonpost.com/technology/2023/01/16/hindu-hate-crimes-raqib-hameed-naik/

Under fire from Hindu nationalist groups, U.S.-based scholars of South Asia worry about academic freedom
https://www.washingtonpost.com/world/2021/10/03/india-us-universities-hindutva/

Hindu right-wing groups in US got $833,000 of federal COVID fund
https://www.aljazeera.com/news/2021/4/2/hindu-right-wing-groups-in-us-got-833000-of-federal-covid-fund

Under India’s pressure, Facebook let propaganda and hate speech thrive
https://www.washingtonpost.com/world/2023/09/26/india-facebook-propaganda-hate-speech/

Removing Coordinated Inauthentic Behavior and Spam From India and Pakistan
https://about.fb.com/news/2019/04/cib-and-spam-from-india-pakistan/


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