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ナラティブに関するナラティブな本『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』を読んだ

ナラティブに関するナラティブな本『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』(大治朋子、毎日新聞出版)を読んだ。情報量が多くまとめるのが難しいのでざっと感想だけ備忘録的に書いておく。


●本書の内容

ナラティブに関して広範な分野の専門家に取材し、まとめた本であり、さまざまな実験、検証、調査など研究成果が紹介されていてとても参考になった。ナラティブに関心を持つ人にはおすすめの本と言える。
ただし、ナラティブはさまざまな分野にまたがるテーマのため、自分の関心を持っているアプローチと、著者のアプローチの違いについて認識しておかないとあまり参考にならないかもしれない。
ちなみに著者はナラティブを下記のように定義している。
「さまざまな経験や事象を過去や現在、未来といった時間軸で並べ、意味づけをしたり、他者との関わりの中で社会性を含んだりする表現」
最終的に著者は2.5人称の語りを提言しているようにコミュニケーションに軸足をおいているような気がした。
何度か偽情報に関するアプローチを図にしているが、こんな感じになるんじゃないだろうか?

●取材先がすごい

分野をあげると……脳神経科学、心理学、認知戦、SNS監視システム、制脳権、宗教、哲学、神話、政治学、経済学と多岐にわたり、その専門家である各分野の研究者および警察、医療関係者、元ケンブリッジ・アナリティカなどとにかく多数に取材している。P・W・シンガーにも取材していた。
出てくる話題も、パラノイア・ナショナリズム、ローン・オフェンダー、パレスチナのインティファーダ、ハイダー・ジンメルの実験、集合的無意識、ヒーローズ・ジャーニー、、伊東詩織さんの事件、二世信者、ナラティブ・トランスポーテーション、DARPAのN2とSMISC、オキトシン、ニューロ・エコノミクス、共感装置としてのナラティブ、ロフタスの誤記憶、戦時民話、ジョハリの窓、認知的スキルと社会情動スキル、2.5人称ととにかく幅広い。

ナラティブがそれだけさまざまな領域にまたがっているということなのだろう。そして、それらをまとめて整理している専門家がいないということでもある。

●一環して語られること

ざっぱくな印象だが、繰り返し下記が語られていたように思った。
・人間にはナラティブが必要
・ナラティブで人は判断し、動く
・脆弱な人はナラティブにはまりやすく、操られやすい

そして、現在の状況を下記の因果関係に整理している。
「社会的不安の増大

向社会性が低く神経症的傾向がある+SNSをよく使う人が不安感情や、排他的な思考を強める

政治家や外国の勢力が自己の利益のために悪用

不安や排外主義をあおるナラティブを拡散

世論の対立、社会の分断の深化」
(本文より引用。改行は見やすくするためにつけた)

●感想

全体としてなんとなくだが、著者が世界を理解するためのナラティブを構築するための旅のエッセイのような印象を受けた。もちろん、科学的な検証や分析の結果に基づいてはいるが、対象となる研究や事実は著者が選んだものであり、そこには一定の傾向がある。これだけ幅広い分野で取材していると網羅的に行うのは無理だ。

何カ所か?な箇所があった。たとえば、「クレムリンのトロイの木馬」を大西洋評議会の言葉として紹介していた。ただし、もっとも肝心なことを説明していなかった。「クレムリンのトロイの木馬」は大西洋評議会の一連のレポートの名称であり、プロジェクトの名前だった。少なくとも欧米の関係者の間では「クレムリンのトロイの木馬」と言えば大西洋評議会の3部作のレポートを指す。本書ではそのレポートの第3部へのリンクのみはられており、しかもリンクが切れていた。もし、レポートを読んでいたら第1部のレポートにリンクしたと思う。
ケンブリッジ・アナリティカが協業したイスラエルの会社として「ブラックキューブ」の可能性を指摘していたが、違和感があった。なぜなら、ケンブリッジ・アナリティカを始めとする各社はプロジェクトの難読化のためにさまざまな業者を使っていた。なので特定の1社ということはないだろう。少なくとも、以前書いたTeam Jorge(https://note.com/ichi_twnovel/n/n466b4650c1ff) はケンブリッジ・アナリティカと仕事をしたことがある。
余談だが、こうしたネット世論操作を請け負う企業のリストはいくつもあり、イスラエルの企業はかなり知られている。
あまりにも広範な領域を取材しているため、個別の領域で?な箇所があるのは本書の限界を示している。本書というよりも、全体像を整理する試みがほとんどなされていないことが問題なのであり、本書はその入り口を開いたとも言える。

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