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ドイツにおける極右ネット活動の実態「The German Far Right Online. A Longitudinal Study」

2024年1月13日に戦略的対話研究所(ISD)のレポート「The German Far Right Online A Longitudinal Study」(https://www.isdglobal.org/isd-publications/the-german-far-right-online-a-longitudinal-study/)が公開された。このレポートはドイツの極右のネット上での活動を莫大なデータをもとに分析したものとなっている。


●概要

このレポートで行われた調査は主にふたつ。

・コンテンツ分析

Telegram上で、2021年1月1日から2023年3月31日の期間に、225の極右および陰謀主義者のチャンネルで公開された1,273,380のメッセージを自然言語処理のトピックもモデリングによって、莫大なデータからトピックスを抽出している(BERTopicモデルのparaphrase- multilingual-mpnet-base-v2)。

・アカウントの活動

超巨大プラットフォームと代替SNSについて2021年1月1日から2022年12月31日までのアカウントの活動とリーチ、フォロワー数とエンゲージメントの変化を調査した、

・結果概要

その結果得られた主要な内容は下記の通り。
・コンテンツ分析の結果、抽出された14のマスターテーマ
 1 反フェミニズム
 2 反ユダヤ主義
 3 気候変動
 4 陰謀論
 5 COVID-19
 6 デジタル技術
 7 経済
 8 エネルギー政治
 9 フード&ライフスタ イル
 10 ドイツの政治と社 会問題
 11 国際政治
 12 政治システム
 13 人種差別/排外主義
 14 ソーシャルメディア

・陰謀論は極右のネットカルチャーにおいて重要な世界観として機能している。
・Telegramは極右グループ内でのコミュニケーションと学習、および対外的な情報発信ツールとして活用されている。
・ニュースをもとに独自の解釈をくわえて自分たちの信念を広めようとしている。
・パンデミックやロシアのウクライナ侵攻のような事件は極右Telegramで話題となり、反ロックダウンやコロナの偽情報や陰謀論を拡散した。
パンデミックは反ユダヤ主義やQAnonの拡散にも影響を与えていた。
・ロシアのウクライナ侵攻の際には親ロシアのプロパガンダを拡散しており、安全保障上のリスクとなっていた。Telegramの話題はコロナ、ウクライナ侵攻、主流メディア批判、人種差別、移民や外国人排斥、陰謀論、気候変動、テクノロジーに関するものなど多岐にわたっていた。
・EUに対しては批判的だった。
・国境を越えた世界観を持っており、アメリカはもちろんロシアのプーチンやブラジルのボルソナを支持し、アフガンなどの動きにも関心を持っていた。

・超巨大プラットフォームは極右にとって重要な拠点となっている。極右は超巨大プラットフォームを介して支持を広げている。
・プラットフォーム内で共有されたURLのほとんどは内部ドメインであり、内部完結していた。
・ロシアのウクライナ侵攻後、超巨大プラットフォーム以外への外部リンクが増加した。ロシア国営メディアが超巨大プラットフォームから排除されたためと考えられ、ロシア国営メディアがまだ情報発信しているSNSを見るようになったと考えられる。
・超巨大プラットフォーム以外のSNSではGettrがもっとも多く、増加も見られたが、イーロン・マスクがツイッターを買収した後、モデレーションが緩和されたため、Gettrの利用は減少し、ツイッターの利用が増加した。

The German Far Right Online A Longitudinal Study、ISD、https://www.isdglobal.org/isd-publications/the-german-far-right-online-a-longitudinal-study/
The German Far Right Online A Longitudinal Study、ISD、https://www.isdglobal.org/isd-publications/the-german-far-right-online-a-longitudinal-study/
The German Far Right Online A Longitudinal Study、ISD、https://www.isdglobal.org/isd-publications/the-german-far-right-online-a-longitudinal-study/


・共有されたプラットフォームでは動画サービスがもっとも多かった。

The German Far Right Online A Longitudinal Study、ISD、https://www.isdglobal.org/isd-publications/the-german-far-right-online-a-longitudinal-study/

・フェイスブックは政治活動を行い、収益を得るための重要なプラットフォームである。
・インスタグラムでは若い利用者をターゲットとした一見非政治的な活動が観測された。
・X/ツイッターは、イーロン・マスク買収後に、フォロワー数およびエンゲージメントが増加した。
・YouTubeでは極右のリクルーティングに用いられている。
・Telegramは極右コミュニティ内外とのコミュニケーションで活発に用いられている。

・レポートでは代替SNSを含む各プラットフォームごとに詳細な分析が行われているが、ここでは割愛する。
・極右コミュニティは規制が強化されると、小規模な代替SNSに移行する。規制が弱まると、超巨大プラットフォームに戻る。
・レポートでは今後の対策を整理し、特にXとTelegramには個別に言及していた。

●感想

最近、ISDの活動が活発で、拙noteでISDを取り上げることが増えた。ヨーロッパにおける危機感の現れなのだろうと考えている。
今回のレポートもまさにヨーロッパに広がる極右のドイツでの展開がテーマで、その危機感に沿ったものだ。おおむねこれまで類似のレポートで指摘されてきたことと重なる点が多かったが、下記が気になった。

・イーロン・マスク買収後、代替SNSであるGettrからツイッターに極右が戻った。起こりうることだったが、実際に起きていたことがわかったのは価値がある。思った以上に極右は規制の変化に敏感に対応している。

・Telegramが拠点として利用されていることはかねてから指摘されていたが、今回ほんとうにひどいことになっているのがよくわかった。

・極右、陰謀論、親ロシア(反主流派)は連動していることが今回のレポートでも確認された。極右や陰謀論と親ロシア(反主流派)の現実を認識しながらも対策や分析では取り上げない安全保障系のレポートが多いのは不思議だ。国内施策に口だししたことになって面倒なことになるから? アメリカで選挙防衛を行っているサイバーコムは国内の事象には手を出せないし、国家情報会議も同様。日本で言えば総務省がロシア対策に言及するようなもので、そんなことしたら防衛省や外務省に文句言われる? 防衛3文書をそのまま読むとNISCにはそれができるけど、やるのかなあ?

この報告を読む限りでは、やはり国内問題と海外からの干渉を分けて考えることはできず、総合的な対策が必要としか思えないし、超巨大プラットフォーム以外の代替SNSまでも対象にする必要がありそうだけど、それはおそらくヨーロッパはできない。なぜなら言論の自由を大きく損なう可能性が高いから。

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