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気になった論文や記事3月16日から3月22日

3月16日から3月22日の間で気になった論文や記事を簡単に紹介。なお、私が先週気づいたということであって、先週公開されたとは限りません。

●紹介していないけど気になった論考や記事

・ニューヨークタイムズによるトランプ陣営によるアメリカの偽情報対策の後退の詳しい解説

How Trump’s Allies Are Winning the War Over Disinformation
https://www.nytimes.com/2024/03/17/us/politics/trump-disinformation-2024-social-media.html

アメリカでは昨年くらいから偽情報対策、情報戦への対策が大幅に後退している。直接的には共和党を中心とする右派が訴訟や議会への召喚などさまざまな方法を駆使して、政府とSNSプラットフォーム、大学などの研究者を分断してきた。アメリカは偽情報対策、情報戦に敗北しているという事実を日本はもちろん当のアメリカでもはっきり言わないことが多い。ニューヨークタイムズのこの記事は珍しく、偽情報戦でトランプ一派が勝ったと書いている。
内容というか取り上げている事実はだいたい以前に書いた下記の論考と同じだが、ニューヨークタイムズはトランプ一派の意図的に仕掛けているという視点で整理している。おそらくほんとうはアメリカ社会全体が変貌しつつあり、トランプはその変化のひとつであって中心ではないのだと思う。

アメリカの偽情報対策が直面している問題
https://ggr.hias.hit-u.ac.jp/2023/09/01/problems-facing-us-disinformation-measures/

・AI生成の低品質の記事を量産し、全米1,200のローカルニュースサイトに記事を配信している企業がローカル紙の売買にも手を出していた

「AIが支援するピンクスライム・ジャーナリズムを支援する保守 アメリカローカル紙の変容」https://note.com/ichi_twnovel/n/n94a8e5f8c3b8 )の続報のような記事。アメリカのローカル紙はジャーナリズムや報道機関という言葉からどんどん離れていく感じだ。保守と金によって生み出される情報汚染なのかな。

A company linked to a large “pink slime” network is being hired by big publishers like Gannett
https://www.niemanlab.org/2024/03/a-company-linked-to-a-large-pink-slime-network-is-being-hired-by-big-publishers-like-gannett/

・ロシアの偽情報を信じるのは政治的な動機から、という調査結果

Falling for Russian Propaganda: Understanding the Factors that Contribute to Belief in Pro-Kremlin Disinformation on Social Media
https://doi.org/10.1177/20563051231220330

この論文は個人が偽情報に影響される原因を成人1,500人のサンプルを対象に調査した結果の論文。前提としての因果関係がきっちり固まっているにはいいのだけど、他の因果モデルによる解析も可能なように思える。
親ロシアの偽情報への信念は政治的な動機に基づいており、保守的な見解を持ち、党派的なメディアを信頼し、SNSで頻繁に政治的意見を共有するユーザーに関連していることがわかった。
偽情報への曝露が偽情報への信念と正の相関がある一方、大手メディアへの信頼は偽情報への信念と負の相関があった。
統計解析そのものの結果としては、ロシア政府を信頼することが最も強い相関があり(0.397)、、次いで親ロシア偽情報への暴露(0.181)、右傾的な政治的傾向となっている。

・SNSでの会話は内容やプラットフォームに関わりなく長引くと有害なものになる

Persistent interaction patterns across social media platforms and over time
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07229-y

時間、プラットフォーム、テーマの3つに焦点を当て、Facebook, Gab, Reddit, Telegram, Twitter, Usenet, Voat and YouTubeの8つのSNSの30年間の会話データ約5億件を分析した。
その結果、テーマやプラットフォームの種類に関係なく、会話は長引くと有害なものになる傾向がわかった。また、有害であることが利用者の参加の妨げになることはなく、エンゲージメントが下がることもなかった。
会話そのものというよりも、SNSで分断が生まれている状況では会話が長引くと、自分の意見と相容れない発言を見つけて有害な発言を行う利用者が多くなるってことなのかな?

・コロナ禍で荒稼ぎしたインフルエンサー3人の事例研究

Vaccine Misinformation for Profit: Conspiratorial Wellness Influencers and the Monetization of Alternative Health
https://ijoc.org/index.php/ijoc/article/view/21128/4494

異なる3つのタイプのインスタグラムのインフルエンサーについて、コミュニティ構築戦略、反ワクチンナラティブ拡散の方法、反ワクチンを利用した収益化の方法を明らかにしたもの。

・一橋大学市原麻衣子先生の民主主義の状況についての論考

「岐路に立つ民主主義 今だからこそ考えたいその価値とは」市原麻衣子、ウェッジ2024年 4月号

一橋大学市原麻衣子先生の論考。民主主義が陥っている状況がコンパクトにまとまっていて、ミャンマーの状況への日本の対応や欧米と東アジアでの「公共」概念に違いなど踏み込んだ話もあって、おすすめです。

・アメリカの最高裁で偽情報対策が違憲に当たるかの弁論が始まった

判決は6月末までには出る予定。3月18日の弁論では最高裁判事から原告の主張に対して疑義や懸念が示されていた。

Supreme Court Wary of States’ Bid to Limit Federal Contact With Social Media Companies
https://www.nytimes.com/2024/03/18/us/politics/supreme-court-white-house-misinformation.html

US Supreme Court seems wary of curbing US government contacts with social media platforms
https://www.reuters.com/world/us/supreme-court-scrutinizes-us-government-contacts-with-social-media-platforms-2024-03-18/

●3月16日から3月22日の必読記事

中露のデジタル影響工作連携を検証したNATO STRATCOMのレポート
https://note.com/ichi_twnovel/n/nba44a8da5fad

アメリカ・インテリジェンス・コミュニティ2024脅威レポートを読んだ
https://note.com/ichi_twnovel/n/nb3b1411e3118

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「フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器」(角川新書、2018年)
この分野を腰を入れて調べるきっかけとなった1冊。すでに古くなっているが、いまだに下記を取り上げている日本語の資料はないので今でも参考になる。下記以外にも読み返しても、参考になることがあっておもしろい。
 ・デジタル影響工作とリアルの影響工作の連携。特にロシアがヨーロッパでなにをやっている。
 ・機能的識字能力の問題。字は読めても意味がわからない。特にXでの会話で顕著で、相手の発言の意味を理解できていない返信がよく見られる原因かも。

好評発売中!
『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

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