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兵器としてのナラティブを分析した本。影響工作や地政学に関心ある方必読かも。『ストーリーが世界を滅ぼす』

『ストーリーが世界を滅ぼす――物語があなたの脳を操作する』(ジョナサン・ゴットシャル、2022年7月22日、東洋経済新報社)拝読。ストーリーやナラティブが人間に与える影響力は一般に想像されるもの以上であり、世界を支配し、破滅をもたらす究極の兵器と言っても過言ではない、という本。
この紹介をツイートする時に「普遍文法」と書いたら、ユングなど昔からいろいろあるこの手の話と勘違いした方がいたので最初に説明しておくと、本書の論拠になっている資料の多くは調査、実験、統計に基づくもので計算社会学や人文系でも文学作品の計量分析などがほとんどである。プラトンや過去の古典からの引用もあるが、それらはエビデンスというわけではない。でも地政学や影響工作という話をしている文脈で、ユングが出てくるとは思わなかったので新鮮な驚きで参考になった。
いろいろな読み方ができると思うのだが、地政学上の武器としてとらえ、その実態と対策を考えた本と言ってもよいと思う。なので本書の著者はロシアのアメリカ大統領選への干渉を、「物語の電撃戦」、「ナラティブの電撃戦」と呼んでいる。
長くなったので、感想は別途書きました。いろいろ気になる点があります。

一般向けに書かれた本であり、本書が売れていることからわかるように、本書そのものもストーリーであり、書いたジョナサン・ゴッドシャルはストーリーテラーであることは間違いない。「事態が悪化の一途をたどった末、最後の瞬間に好転する」というナラティブの普遍文法を守って、ナラティブの威力や危険性を紹介し、最後にこれからの可能性に触れている。

●ナラティブの普遍文法解説書としての本書

本書の内容をナラティブの普遍文法を中心に紹介したい。なぜなら私というかこのnoteが主として話題にしている影響工作などに大きくかかわるテーマだからだ。
関係することをピックアップしたのが下記。本書ではストーリー、物語、ナラティブなどの言葉を使っているが、便宜上ここではナラティブで統一した。ここで言うナラティブは文字で書かれた小説だけでなく、映画、ニュース、動画、ゲーム、宗教(本書では宗教物語)、陰謀論(本書では陰謀物語と呼んでいる)、歴史(歴史も事実ではなくナラティブである)などあらゆる物語的なものが含まれる
また、ナラティブの効果はそれが魅力的である場合に限られ、魅力的であるための条件は普遍文法に沿っていることである。

・ナラティブは人間のバグを突く

人間は事実に合わせて物語を作ったり選んだりするのではなく、物語に合わせて事実を選び、場合によっては改変、捏造する
人間の脳は現在のメディア環境に対応するようには進化しておらず、意識下でメディアと現実を混同する。頭ではわかっていても、感情がそれについていけない。
事実に基づいた論証は注意深く考えるが、ナラティブに没入すると充分な評価や議論なしに説得されてしまうナラティブ・トランスポーテーションという現象が起きる。

・ナラティブの威力

ナラティブは個々人やグループに影響を与えるのみならず、文明そのものを変化させることがある。たとえばアメリカはポップアートを手段として世界を勢力圏におさめた最初の帝国であり、1700年代後半に人権革命が急速に進んだのは小説の登場によって人権に関する意識が広まったためとする研究もある。

・共感のビッグバン

小説の登場以後、さまざまな形態のナラティブが誕生し、共感のビッグバンをもたらした。

・ナラティブには普遍文法がある

本書の中で著者は数々の調査研究を引用し、過去から現在にいたるまで影響力を持ったナラティブには共通する要素があったと指摘し、それを普遍文法と呼んでいる。

・ナラティブの5つの優位性

他の情報伝達手段に比べ、ナラティブには5つの優位性があるという(本文中では4と言っているが、おそらく5)。逆に言うと、前の4つの条件を満たすナラティブが武器になるとも言えそうだ。
1.物語とその伝え手が愛される
2.頭に入りやすく、記憶に残りやすい
3.非常に注意を引く。熱中して時を忘れることはよくある。
4.他の人に教えたくなる
5.強い感情を引き起こす


・ナラティブの目的と効果

人間の感情を動かすことである。
人間を説得するには2つの方法がある。ひとつは論理的な説得、もうひとつは感情によるもので、感情による方が圧倒的に説得しやすいことが数々の調査でわかっている。

・ナラティブは社会全体が重要な物事について共通認識を持つための方法論である。


・ナラティブの3つの要素

1.苦難やトラブルに遭遇し、それを解決しなければならなくなる
2.なんらかの道徳的意味がある。一般的な道徳ではなく、道徳主義的であり、偏った世界観に基づいた「道徳的」な主張もある。

本書では明示的に3つ目の要素を入れていなかったが、もうひとつ重要な要素がある。
3.悪人と善人がはっきりしており、対立構図になっている。

・人間にはネガティブ・バイアスがあり、ネガティブな情報により反応する。

・ナラティブの最後(解決)に偶然を持ち込んではならない

ナラティブの開始は偶然でよいが、クライマックスと終わりは偶然であってはならない。

・同質なナラティブを信じる者が集まると、議論はエスカレートしやすくなる。

・SNSはナラティブを育成、増幅する装置であり、これはじゃっかん手直ししても変わらない本質である。

・理性と合理性は異なる

ナラティブに操られる人は、ナラティブに合わせて現実を理解する(合理化)する。

●その他に気になったところ

・ナラティブを戦略兵器として活用する試み

すでに10年以上前からアメリカではDARPAのSTORyNETなどのプロジェクトで、アルカイダなどに対抗するためのナラティブ戦略兵器の研究を開始していた。

・パーソナライズしたナラティブで感情をコントロールする

生理的指標をさまざまなセンサー(いまどきではスマホやスマートウォッチ、スマートTVなどから自動的に入手できる)を通して利用者の心的状態を把握し、それに最適なナラティブを生成して、コントロールする研究がSTORyNETや中国で行われている。STORyNETの実験でその有効性が確認されている。
同様の試みはビッグテックも行っており、監視資本主義と呼ばれている。

・ナラティブの戦略的価値は過去から知られていた

プラトンはナラティブを極端に恐れ、抑圧し、多くの国王は好ましくないナラティブを弾圧した。カトリック教会の教皇はキリスト教というナラティブのストーリーテラーであり、その力によって世界を影響下におき、ハードパワーを手にした地政学上のアクターとなった。

・学術界でのナラティブの影響は大きい

アメリカではさまざまな学問分野でリベラルが圧倒的多数を占めており、ジェンダー、平和、アフリカーナでは保守はゼロである。これが無言の圧力となって、保守的な発言がしにくく、そもそもリベラルが多いということを指摘するのもはばかられる状況となっている。
このことは一般にもよく知られるようになっており、共和党支持者の半数以上が高等教育は国益にならないと考えている。

・事実に対しての解釈は無数にあり、同じ事実に基づいても全く異なるナラティブが生まれる

その事例として、ハイダーとジンメルの実験を紹介している。アニメーションを見た者がどのような解釈をするかという実験で多様な反応が見られたが、いずれも誤った事実を述べているわけではないのである。YouTubeでも見られる。事実以外の人の解釈の余地(取り上げる対象、人間関係の描き方など)が大きい歴史やニュースでも同様である。

https://youtu.be/76p64j3H1Ng

・歴史もナラティブである

なぜならあらゆる過去の情報を淡々と並べるのではなく、なんらかの解釈で重要なものを取り上げている。戦争、飢饉、疫病などのドラマが主で、平和な日常はほとんど取り上げられない。
歴史はその当時の実態というよりは、現在の我々を投映したナラティブである。
また、歴史は集団を結束させて、他の集団と敵対させるフィクションであることが多い。
高等教育機関における歴史家の支持政党は、リベラル33.5対保守1と圧倒的に偏っている。
「国家とは過去に対する誤った見方と、近隣の人々への憎悪によって結束した人々の集団である」(歴史学者カール・ゴッチュ)
歴史認識も歪んでいることが多く、アメリカの例外主義の神話は多くの白人が共有している。アメリカの黒人は白人が信じている神話を信じていないというアドバテージがあると皮肉っている。

・ニュースもナラティブである

ニュースはドラマであり、ドラマでないニュースは読まれることはない(つまらないから)。そのため、ニュースの題材は偏ったものとなり、そこで提示される世界もナラティブになる。
人間にはネガティブなものに注意を引かれるというネガティブ・バイアスがあり、それに引きずられてニュースはネガティブなものをドラマにして取り上げ、読者は世界がどんどん悪い方向に向かっていると錯覚する。
例として、トランプが大統領になったのは候補者となった時点で、メディアが注目し、大きく取り上げ続けた影響があると指摘している。多数のまっとうな候補よりもトランプを多く紹介(たとえ批判であっても)した理由は、退屈な他の候補者よりもドラマがあるからである。

・物語の科学によって対抗する

ナラティブを科学することで悪しき利用に対抗することでき、我々の中の感情を調整できる可能性がある。
ナラティブでは悪人と善人に分かれ、道徳的主義に基づいて善人が悪役を倒す。しかし、ナラティブを成立させる絵に描いたような悪人は存在しないことをしっかり思い起こすことができるようになるべきである。同様に絵に描いたような善人もいない。善人であるのは、善人でいられる贅沢を運よく手にしただけなのだ。

余談ですが、私は物語を武器として使うことをテーマにいくつか小説を書いています。君たち気がつくのが遅いよ。
キススト・ゲーム 「誰かのためによいことをして死ぬ」というキリスト・ゲームが流行。実はそれは言葉によって人を操る犯人によるものだった。

大正地獄浪漫(全4巻) 時は大正。帝国主義が台頭し大衆文化が華やいだ裏で、残虐非道・理解不能な怪事件が多発した鮮血の時代。読むだけで認知と意識を改変され、洗脳されてしまう「本」を巡る特殊脳犯罪対策班ゲヒルンと、「本」を操る一族の死闘。

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