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日本の防衛のこれからを示唆する『シギント - 最強のインテリジェンス』拝読!

『シギント - 最強のインテリジェンス』(江崎道朗 、茂田忠良、ワニブックス 、 2024年4月1日)を拝読した。


●概要

思っていたよりも幅広くサイバー防衛の話まで触れていてとても勉強になった。日本が置かれている状況を縦軸、スノーデンの漏洩情報からわかる世界のシギントの状況を横軸にして、整理した内容となっている。スノーデンの漏洩情報からすでに10年経過しているので古いと思うかもしれないが、実は漏洩情報は莫大であり、日本語でも紹介されているものの、本書ほど多くが書かれているものは読んだことがない
さらに本書で繰り返し書かれているように世界はどんどん進んでいるのに日本は遅々として進んでいないので、10年前の漏洩文書の内容であっても今の日本より進んでいる。

本書は最初に、シギントが防衛において要になることを説明している。日本は2022年に安保三文書を公開したが、兵器については書かれているものの運用に必須となる攻撃対象を決定するためのインテリジェンスには触れていない。サイバーセキュリティの強化にも触れているが、そこで必要となるインテリジェンスについては書かれていない。
防衛に限らず今日のあらゆる活動において情報は不可欠であり、戦略的な意志決定や活動に生かせるインテリジェンスがなければ機能しないのだ。そして、情報ネットワークが社会の隅々まで行きわかっている今日においては、インテリジェンスの中でもシギントがもっとも重要なカギとなってくる。現代は、シギントの黄金時代なのだ。

スノーデンの漏洩情報をもとにアメリカのNSAを始めとするインテリジェンス機関、ファイブアイズ、イギリスのGCHQなどがの活動を紹介し、日本に欠けているものを整理している。

最後の章では日本の課題を整理している。個人的には日本にはシギントを行う組織がないことや、法的制約など国内の問題がさまざま指摘されていたのが参考になった。

ほとんどの人には関係ないと思うけど、323ページに書いてあった日本が言っている「能動的サイバーディフェンス」はアメリカやイギリスよりもはるかに攻撃的要素を含んでいる。これをちゃんと指摘した文章を見たのは本書が初めてだ(私は何度か書いてますので、私以外でという意味)。
そもそも日本は関係諸国の中でもっともサイバー防衛用語の定義があいまいなのでそこをなんとかした方がいい(過去記事:日本のサイバー防衛 立法や予算措置さらに議論よりも以前にすべきことが山積みだった)。

世界と日本のインテリジェンスの今を知るためのよい資料だと思う。

●気になった点

本書は1冊の中にスノーデンの漏洩情報、世界のシギント組織、日本のシギントの現状と課題などがまとめてられていてよい本であることは間違いない。
ただ、やはりスノーデンの漏洩情報が10年前ということと、著者が知っていても公開情報になっていないものは書けないという制約で事例などが古めになっていたのはもったいなかった。
最近刊行された『工作・謀略の国際政治 - 世界の情報機関とインテリジェンス戦』(黒井文太郎)と合わせて読むと誓う角度で新しい情報に触れられるのでよいかもしれない。

疑問とか気になったことを備忘録的に書いておく。
・FBIのDITUについて触れていなかったのが気になった。『工作・謀略の国際政治 - 世界の情報機関とインテリジェンス戦』(黒井文太郎)でも触れていなかったので、もしかしてDITUなくなったの? とか思った。下図のようにスノーデン漏洩情報には書いてあった。

アメリカの顔認証システムによる市民監視体制は、もはや一線を超えた、一田和樹、ニューズウィーク日本版、2020年09月03日、https://www.newsweekjapan.jp/ichida/2020/09/post-6_1.php

・認知戦の話題も入っていた。全体のバランスから考えて多くは入れられなかったと思うが、のうちょっとほしかった。なぜなら、2024年12月に公開されたアメリカ国家情報会議(National Intelligence Council)の「Foreign Threats to the 2022 US Elections」でアメリカのインテリジェンスコミュニティの結論として、海外からの干渉はもはやサイバー攻撃よりもオンラインの影響工作(認知戦)に重点を移していると書いてあるからだ。昔からサイバー攻撃とデジタル影響工作を続けてきたロシアの結論は後者の方が低コストで効果があがるということらしい。本書では安保三文書に合わせてサイバーセキュリティにページを割いているが、認知戦ももっと書いてほしかった。

・アメリカのビッグテックのデータがNSAに流れている件で、Gメールなどが例にあげられているが、実は日本企業の多くがひそかにGメールを全社的に導入している。正確に言えばG Suiteというメールを含めたさまざまなものがセットでお安く利用できるサービスを導入している企業は多い。独自ドメインも利用できるので、見かけ上はGメールには見えない。マイクロソフトなども同じようなセットを持っている。大手企業、たとえば講談社系の企業はG Suiteを使っていた。本書でも指摘されていたように見放題だし、民間企業だって独占禁止法違反の可能性があるとアメリカのゆるい地方裁判所に訴え出れば閲覧許可がもらえる可能性もある。ふつうにAmazonが日本の出版社と交渉する時に見ていても不思議ではない。

・中国の企業のことが本書で取り上げられていたが、「アメリカの顔をした中国企業」の問題もとりあげてほしかった。ZOOMの社員はオンライン会議の検閲を中国当局の指示で行っていたし、マイクロソフトは中国で行っている検閲をアメリカとカナダでも行っていた。こうしたアメリカ企業が増加している。

・304ページに書いてあったロシアのハッカーがアメリカの真似をしているというのは、それぞれが独自に同じことをしていたような気がする。アメリカのTAO、ロシアのRBNの始まりや脆弱性情報提供企業のVupen、サイバー軍需企業Gamma GroupやHacking Teamなどの設立年を考えると1990年代から2000年代にかけて、世界各地で似たような動きが広まったと考えた方が近そう

などと思ったことを書いたけど、本書が刺激的で頭にいろいろ浮かんだことが原因です。本書がよい本であることは確かです。

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『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。





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