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米国インテリジェンス・コミュニティの評価の変化からわかる新しい認知戦のトレンド

2023年12月11日、アメリカ国家情報会議(National Intelligence Council)の資料Foreign Threats to the 2022 US Elections」(https://www.odni.gov/files/ODNI/documents/assessments/NIC-Declassified-ICA-Foreign-Threats-to-the-2022-US-Elections-Dec2023.pdf)機密扱いが解除された。その前の連邦選挙に関する資料としては「Foreign Threats to the 2020 US Elections」(https://www.dni.gov/files/ODNI/documents/assessments/ICA-declass-16MAR21.pdf)がある。その違いは旧バージョンは2020年12月31日までの情報をもとにしており、新バージョンは2022年12月16日までの情報をもとにしている点で、このふたつのレポートの間にアメリカ連邦議事堂襲撃暴動事件、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの紛争、ペロシの訪台などさまざまなことが起きている。
タイトルには最近よく使われてるので認知戦って書いたけど、個人的には影響工作の方がしっくりくるなあ。資料では認知戦という言葉は使われてなかったし、本文では影響工作にしよう。
トレンドって言っても攻撃側は5年以上前にそうなっていたことに最近気がついたという話ではあるんですけど。


●2つのレポートの共通点

2020年と2022年では連邦選挙と中間選挙の違いがある。本来ならば2020年版の方が充実していてよさそうなものだが、2022版の方が充実している。次に控えている連邦選挙のことを考えてのことなのか、あるいは書くべきことがあったためかもしれない。

2020年版と2022年版の冒頭のまとめ(Key JudgmentとDiscussion)で共通しているのは下記。

・ロシアなど海外からの干渉は、もはやサイバー攻撃に力点を置いていない。

アメリカの防御やレジリエンスを評価したうえで、サイバー攻撃以外を優先したと評価されている。
(アメリカのサイバー軍はロシアのサイバー攻撃からの防御を誇っていたが、どうやら実際にはロシアが攻撃を控えていたということのようだ)

・ロシアはトランプを支持し、民主党を貶める影響工作を実施

・中国はアメリカの選挙への干渉を控えている。

どの候補が当選したとしても、中国に敵対的であるのは確かなので干渉するリスクを冒す意味がないと考えている。ただし、アメリカを分断し、不信と混乱を広げる努力は継続しており、その中には選挙プロセスや結果への不信や特定の候補者への支持や批判など含まれているが、選挙への干渉はあくまで通常活動のひとつでしかない。2020年版ではあっさり関与はなかったとし、2022年版では行っていた活動を解説している。

・イランは継続して影響工作を続けている。

左派を支持している。2020年版では反トランプでバイデンを支持していたが、2022年には左派系候補者を支持している。親パレスチナの態度を取っている候補者を支持しているということである。

●濃い結果がもりだくさんだった2022版

実は両レポートの冒頭のまとめ(Key JudgmentとDiscussion)の文字数はほぼ同じ、さらに2020年版が黒塗り箇所がなくなっていたのに対して2022年版ではかなり黒塗り部分がある。それにもかかわらず、2020年版の内容はほぼ共通している内容で全てであるのに対し、2022年版には全く新しいことが書かれていた。平たく言うと、2022年版はかなり濃い内容だった。
2022年版のみに書かれていた主な内容。

・中露伊の動き

2022年の米国選挙の間、中国は社会政治的な分裂を高める努力を強化したが、キューバと同様に政策的立場に基づいて少数の特定の候補者を支援または弱体化させる努力に重点を置いた。ロシア、そしておそらくロシアよりは活動レベルは落ちるが、イランは広範な既存の米国の社会政治的緊張を高め、デジタル影響工作をおこなって不信を拡散することを目的としていた。

・ロシアの影響工作は軍事作戦や外交などを総合的に判断して優先度や手順が決められている。

例えば、ウクライナに対する米国の支援を弱めるために用意したテーマをプロパガンダに組み込まれており、選挙の影響工作がアメリカに対するより広範な影響活動のサブセットとなっていた。特定の軍事侵攻がアメリカの選挙日程に合わせて調整されることもあった。

・ロシアは継続的にSNS、プロキシサイト、インフルエンサーの利用、ネット世論操作代行企業(PR)会社の利用などさまざまな手法を展開している。

また、テイクダウンを逃れるために、さまざまな別のオンラインメディアに移動して活動を続けている。

・海外からの影響工作は、アメリカ国内のアメリカ人発のナラティブを拡散して選挙結果に影響を与え、選挙への不信を募らせ、分断を広げることに注力していた。

・多様なアクター(中露伊以外の国や非国家アクター)が過去よりも活動した。

・ロシアの影響工作のターゲット

白人、ラテン系、低・中流階級のアメリカ人、いわゆる「伝統的家族観」の支持者、過去の政策によって不利益を被り、SNSの規制によって発言制限されている者たちや、40歳以上で「右翼保守主義」に関心のあるアメリカ人男性だった。しかし、その一方でウクライナへの支援が戦争を拡大する可能性を訴える左派も支持していた。これにより、分断を拡大しようと試みていた。

●全体をさらにまとめてみる

・選挙への干渉においてサイバー攻撃は主役ではなく、影響工作の方が低リスクで効果をあげやすい。

サイバー攻撃を行うよりも「行った」というデマを広めて不信感を植え付ける方がよい。

・影響工作の目的は、社会の分断、選挙への不信感を広げ、社会を弱体化させることであり、それによって自国にとって都合のよい政治家が選ばれることである。


・影響工作は相手国の不可視化された人々の発言を拡散することがさまざまな点で優先されている。

不可視化された人々は社会の分断と不信感を煽ってくれる。また、海外からの干渉をわかりにくくし、否認可能性(deniability)を高める。アメリカでは白人、ラテン系、低・中流階級のアメリカ人、いわゆる「伝統的家族観」の支持者、過去の政策によって不利益を被り、SNSの規制によって発言制限されている者たちや、40歳以上で「右翼保守主義」に関心のあるアメリカ人男性である。

●レポートの違いが意味すること

レポートには書かれていなかった(あるいは黒塗りされていた)が、上記の影響工作は特にアメリカ右派の過激な活動を促進すると言えるだろう。アメリカでは左派と右派の過激派では、その危険度に雲泥の差があり、右派の過激派はアメリカ国内最大の脅威となっており、他のテロに比べても犠牲者が多いのだ。

私は5年前の2019年からデジタル影響工作への対策は国内対策を優先しなければ失敗すると書いてきた。もちろん私が思いついたことではなく、何人も識者、関係者は以前からそのことを指摘していたのだ。だが、その意見は施策には反映されてこなかった。たとえば、2020年10月21日のWashington Postの「U.S. agencies mount major effort to prevent Russian interference in the election even though Trump downplays threat」にはH.R. McMasterの発言「選挙の最大の脅威はプーチンではなく我々自身だ。プーチンは我々の社会に亀裂を作ることはできないが、すでにある亀裂を広げることはできる」(要旨)という発言が紹介されている。
これはほとんどnoteに書いた記事「影響工作の終焉 プーチンがライターを貸すとアメリカが燃える」と同じだ。決して少なくない数の識者が国内対策の重要性や海外に対して影響工作を行う国は国内対策を先に行っていることを指摘していたはずなのだが、なぜか共有されなかった(おそらく国内と国外では担当が異なるなど組織上の理由)。
担当が分かれているおかげでサイバーコムのハント・フォワードは選挙を守り切った! 大成功! と自負しているようだ。しかし、最終的な目的が社会の安全と治安を守ることであれば何年もの間無駄な努力を続けてきたことになる。2022版の内容が2020年版に掲載されていたら、2021年1月6日の連邦議事堂襲撃暴動は起きなかったかもしれない。
そもそもやってもいないサイバー攻撃をやったと言って不信と不安を煽ることも行われているのだ。注力していないサイバー攻撃を防いだことは誇ることではない。もちろん、サイバー攻撃に注力しなくなったのは守りを固くしたからことも原因だが、一箇所の守りを固くすれば他の脆弱な箇所を攻撃してくることは予想できたはずだ。

脅威がそこにあるのにうまく対処できない状況はアメリカが中露のサイバー攻撃に対処出来てこなかった過去を彷彿させる。あの時も長らくどの省あるいは軍あるいはエージェンシーが担当するのか決まらなかった。このへんの話はフレッド・カプランの「Dark Territory: The Secret History of Cyber War」にくわしい。ちょっと古いが初期のサイバー戦の生々しい話がたくさん載っていておもしろいし、参考になる。なぜか日本語版はないようだ。

現在、アメリカではNSAとサイバーコムが選挙干渉に対処しているが、海外からの干渉が任務であって国内の過激派は担当外だ。「担当外」だと国内で暴動が起きても自分の責任にはならない。そんなことをしている間に、アメリカはQAnonのような陰謀論や白人至上主義グループのような差別主義者を海外に輸出するテロ輸出国家になってしまった。さらにテロを増殖させ、不可視化できるSNSもほとんどがアメリカ企業だ。
2022版には黒塗りが多いと書いたが、そこには具体的なアメリカの白人至上主義グループなど国内テロ組織のことが書かれていたような気がする(あくまで憶測)。

ふたつのレポートの違いは、これまで温度差のあった脅威の認識が共有されつつあることと、いまだに対応するための態勢ができないことを示しているような気がする。
もちろん、アメリカより遅れている日本はそもそも温度差以前の基本的な認識を持っている層がほとんどいなさそうな気がする。

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今年の振り返り 周回遅れの情報戦対策と攻撃の深刻な乖離が進む、https://note.com/ichi_twnovel/n/n3b271f0fe338

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メモ 情報戦について網羅的な知見はまだないらしい。あるいはレピュテーション・マネジメント産業躍進の話。、https://note.com/ichi_twnovel/n/n5966b5d4c73a

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Metaの2023年第3四半期脅威レポート、https://note.com/ichi_twnovel/n/n1ffdf1e1d287

2011年から2022年の127件の影響力活動を調査したプリンストン大学Online Political Influence Efforts Dataset、https://note.com/ichi_twnovel/n/n5ddbdd949305

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『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

関連資料

U.S. agencies mount major effort to prevent Russian interference in the election even though Trump downplays threat、https://www.washingtonpost.com/national-security/us-defends-russian-election-interference/2020/10/21/533b508a-130a-11eb-bc10-40b25382f1be_story.html

Defending 2020 - Alliance For Securing Democracy、https://securingdemocracy.gmfus.org/wp-content/uploads/2021/03/Defending-2020.pdf

Joint Statement from DOJ, DOD, DHS, DNI, FBI, NSA, and CISA on Ensuring Security of 2020 Elections、https://www.dni.gov/index.php/newsroom/press-releases/press-releases-2019/3401-joint-statement-from-doj-dod-dhs-dni-fbi-nsa-and-cisa-on-ensuring-security-of-2020-elections

Cyber Collaboration in the Age of Hybrid Warfare: A Conversation With Jen Easterly and Paul Nakasone、https://www.cfr.org/event/cyber-collaboration-age-hybrid-warfare-conversation-jen-easterly-and-paul-nakasone

Cyber Command conducted offensive operations to protect midterm elections、https://therecord.media/cyber-command-conducted-offensive-operations-to-protect-midterm-elections

IntelBrief: Disinformation and the 2022 U.S. Midterm Elections、https://thesoufancenter.org/intelbrief-2022-november-7/

Trends in Violent Far-Right Extremism、https://thesoufancenter.org/research/trends-in-violent-far-right-extremism/

IntelBrief: With Presidential Elections Ahead, U.S. Domestic Terrorism a Major Concern、https://thesoufancenter.org/intelbrief-2024-january-5/

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