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中国の情報戦の新手法 フロンティア・インフルエンサー、辺境インフルエンサー ASPIレポートより

先日、「ニュース検索とYouTube検索を寡占していた中国国営メディア」( https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f8a31c56913 )で中国国営メディアがニュース検索とYouTube検索で大きな露出をしていることを紹介した。今回は、2022年10月20日に公開された「Frontier influencers: the new face of China’s propaganda」( https://www.aspi.org.au/report/frontier-influencers )である。中国国営メディアが紹介している記事がどのように作られているかという記事だ。
フロンティア・インフルエンサーあるいは辺境インフルエンサーとは、新疆ウイグル自治区などのライフスタイルを発信しているクリエイターのことを指す。


●概要

・方法

この調査では、中国の辺境地域に住む少数民族のインフルエンサーをフィーチャーしたフォロワー数2千から20万5千の18のYouTubeアカウントを特定した。
フォロワー数が2,000人以上のアカウントから、多数派である漢民族に属するアカウントを抽出、合計1,741本の動画を得た。これらの動画を3つのカテゴリー(「疑似ライフスタイル」、「暗黙のプロパガンダ」、「明示的プロパガンダ」)に分類し、分析を行った。

・位置づけ

国際世論の場において、プロのメディアが正規軍だとすれば、セルフメディアやブロガ ーはゲリラや民兵であると考えられている。
中国の個人のインフルエンサーのYouTubeチャンネル上位30人の2022年1月までの登録者数は合計7400万人で、中国の上位100チャンネルのファン総数の44.88%を占め、他のSNSと比べて個人のインフルエンサーのアカウントが持つ影響力が大きい
中国はYouTubeを重要な戦場とみなしており、対外宣伝活動への利用は近年増加している。もともとは国内の動画共有プラットフォームで国内向けに展開されていたフロンティアインフルエンサーのコンテンツは、その後、中国の人権問題に対する国際的な批判に対抗するためにYouTubeで利用されることになった。
調査したインフルエンサーのほとんどは、中国共産党が理想とするマイノリティの若者像(世俗的で、北京語が堪能で政治的に信頼できる)に当てはまるものが多い。

・コンテンツ

中国は、新疆ウイグル自治区、チベット 自治区、内モンゴル自治区という問題を抱えた辺境地域に住む少数民族の女性インフルエンサー(以下、辺境インフルエンサー)を利用したキャンペーンを展開しており、小規模ながらもYouTubeで人気が高まっている。
慎重に審査された国内のブロガーは、対外宣伝手段の重要な手段と見なされるようになってきている。より個人的なコミュニケーション・スタイルやソフトな表現方法を用いる彼らは、説教臭い従来の中国国営メディアのコンテンツよりも説得力があると期待されている。
辺境インフルエンサーのアカウントは、主に2020~21年に作成されており、中国のシナリオに忠実なコンテンツを特徴としているが、あまり洗練されていない表現がかえって信憑性を高めている。

「Frontier influencers: the new face of China’s propaganda」( https://www.aspi.org.au/report/frontier-influencers )

一見すると動画は個々のインフルエンサーの創作のように見えるが、実際は中国のprofessional user generated contentあるいは multi-channel networks(MCN)と呼ばれる特別なインフルエンサー・マネジメント機関の助けを借りて制作されている。

レポートで取り上げたウイグル、チベット、その他の少数民族のインフルエンサーたちのほとんどは若い女性である。彼らが作成するコンテンツは、公開前に、MCNや国内関係機関に厳しく管理、制限されている。中にはフロンティアインフルエンサーツが、中国政府機関から直接依頼されることもある。

YouTubeは中国でブロックされているため、中国に拠点を置く個々のインフルエンサーは、 同プラットフォームのパートナープログラムを通じて広告収入を得ることができない。しか し、MCNはYouTubeとの取り決めにより、フロンティアのインフルエンサーだけでなく、同プラットフォーム上の他の何百もの中国に拠点を置くインフルエンサーのコンテンツを収益化することができるようになった。中国共産党のプロパガンダを宣伝することを公言しているMCNは、ユーチューブのプラットフォームにアクセスすることで、偽情報の宣伝を含む活動を収益化することができる。

分析した1,741本のビデオのうち、1,543本(約89%)が疑似ライフスタイル、139本(約8%)が暗黙プロパガンダ、59本(約3%)が明示的プロパガンダに分類された。

「Frontier influencers: the new face of China’s propaganda」( https://www.aspi.org.au/report/frontier-influencers )

カテゴリー1:疑似ライフスタイル
最も一般的なカテゴリーである疑似ライフスタイルビデオは、中国の辺境地域の世俗的で原始的なイメージを提供するライフスタイル・コンテンツで構成されている。コンテンツはある程度「本物」であり、クリエイター自身が自分の意思で製作しているように見えるが、その裏には、管理と検閲があるため、表現してよいことと、してはいけないことがはっきりとしている。
カテゴリー2:暗黙プロパガンダ
動画には漢民族中心の中華文化/アイデンティティのプロパガンダが含まれることもある。疑似ライフスタイル動画は、暗黙的または明示的なシーンが挿入される。たとえば動画制作者の多くは漢民族ではないが、動画は漢民族の文化やアイデンティティ、歴史を紹介していることがある。また、宗教に関するテーマを取り上げることはない。宗教的な伝統行事を紹介する際も宗教的な説明は一切行わない。
カテゴリー2:明示的プロパガンダ
少数だが、中国共産党のプロパガンダが含まれている動画もある。欧米の新疆ウイグル自治区の人権侵害非難を論破する動画などがある。

・MCMビジネス

コンテンツ制作に関わるMCMはこうしたコンテンツそのものだけでなく、ポストプロファクションにも工夫している。内容と関係なくタイトルを政治的なものにしたりしている。
また、契約したインフルエンサーがオンラインで収益化できるよう支援している。MCNは、中国のインターネット上で拡散するバイラル・コンテンツの多くを支えている。中国のSNSプラットフォームで1,000万人以上のフォロワーを持つトップ・パフォーマンスのアカウントの約40%は、MCNエージェンシーによって管理されている。2021年のMCNエージェンシーの数は34,000社を超え、2022年には40,000社を超えると推定されている。MCMビジネスは産業化しているのだ。
MCMに対する中国当局の規制は2021年後半まではゆるめだったが、2021年7月にオンラインのタレントが党の価値感に沿った言動をとることを強制する法律が施行されて以降厳しくなった。
絵文字や効果音を含め、動画制作のあらゆる側面にわたって細かくルールが定められている。「人の運命を変える魔法の使用を奨励すること」や「封建的な迷信や科学の精神に反する内容を助長すること」まで、具体的に禁止されている。

調査した18のYouTubeアカウントのうち、14は香港、台湾、アメリカ、シンガポールなど中国以外を拠点としていた。
YouTubeは中国本土にある次の8企業を通じて中国国内のクリエイターの動画に広告を配信し、収益を支払っている
Muyun Culture、WebTVAsia、Xiaowu Brothers、Youbridge、OceanMedia (蓝海传媒)、YoyWow (深圳雅文信息传播有限公司)、Century UU (世纪优优)、Huashi TV (捷成华视)。

・提言

ソーシャルメディア・プラットフォームは、中国の党国家のためにプロパガンダや偽情報活動を行なっているMCNが、その活動を収益化したり、公式パートナーや受賞者などとしてプラットフォームによって認識されたりすることを許すべきではな いなど、一連の政策提言を行なっている。新疆ウイグル自治区の脱政治化された、「美しい中国」を世界に示すという習近平の呼びかけに厳密に従っている。


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