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「OFFSET-X」アイゼンハワーの警告から半世紀ビッグテックが米中戦争を煽る

●「OFFSET-X」とはなにか?

「OFFSET-X」とはSpecial Competitive Studies Projectが2023年5月に公開したレポートのタイトルで、アメリカが国家として取るべき今後の戦略についての提言である。元グーグルCEOのエリック・シュミットや安全保障関係の人々が参加している。
内容の是非はともかくとして、アメリカのビッグテックがなにを求めているかがよくわかるものとなっている。きわめて個人的な見解であることが、下記の2点がびりびり伝わってきた。

・ビッグテックおよび軍産複合体は中国をロシアに次ぐ新しい「金の卵」に設定した。中国の脅威(特にAI)を過剰に煽り、多額の予算と研究開発の自由度を確保しようとしている。現在、議論されているAI規制を後退させようという意図が見える。

・アメリカ衰退後の世界における優位を維持、拡大するための基盤を作ろうとしている。レポートそのものはアメリカがふたたび唯一の超大国である世界の再来を目指しているが、透けて見えるのは多極化した世界において民間企業の傀儡政権と化したアメリカ政府を使って現在と同等かそれ以上の優位な立場に立つことである。グーグルがひそかに中国に秋波を送っていることから容易に想像できる。

エリック・シュミットがForeign Affairsに寄稿した「America Could Lose the Tech Contest With China How Washington Can Craft a New Strategy」(https://www.foreignaffairs.com/united-states/america-losing-its-tech-contest-china)という記事を読んでもその飽くなき企業拡大への意欲がわかる。

●背景

第34代アメリカ大統領アイゼンハワーが1961年の退任演説で軍産複合体の脅威について警告したことは有名だ。この演説は生放送で行われた。生放送でなければ警告部分は割愛されていたかもしれない。
アイゼンハワーの警告にもかかわらず、その後も軍産複合体の脅威は続き、近年は新参のIT企業も参加して広範にアメリカ社会に影響を与えている。
アイゼンハワー時代にロックフェラーによって創立されたSpecial Studies Projectはアメリカ政府に対しての提言を行うレポートを1961年に提出した。このレポートは現存するが、いまだに一部は非公開のままである。

このSpecial Studies Projectにインスパイアされて2021年にSpecial Competitive Studies Projectが設立された。AIを中心とする技術が経済社会を変革している中にあって、アメリカが引き続き、優位を保つための戦略を提言している。元グーグルCEOのエリック・シュミットが参加していることからもプロジェクトの性質がうかがえる。

●概要と感想

現在のアメリカの課題、中国の状況を分析し、アメリカが中国に対して取るべき施策を具体的に提言している。
ひとことで言うと、対中国を意識している読者に対する扇情的な内容のレポートで、その目的はSpecial Studies Projectと同様に、軍産複合体のさらなる拡大だ。
結論として出てくるOFFSET-Xの構成要素を見ればよくわかる。

1.分散型・ネットワーク型の作戦を全面的に採用する。
2.Human-Machine Collaboration (HMC) and Teaming (HMT)による意志決定とハイリスクあるいは複雑な任務を低い人的コストで遂行する。
3.AIを含むソフトウェアの優位性を保つ。
4.検知、通信、攻撃、供給のレジリエンスを確保する。
5.中国国民に外部の情報を送ること(アメリカ側からのプロパガンダ)によって中国内部を不安定かさせる。
6.中国の指揮系統を弱体化する。
7.中国のアメリカと同様にAIおよびHMC、HMTを開発している。アメリカは中国に対抗する技術を持つ必要がある。
8.同盟国やパートナーと相互運用性と互換性のある関係を維持、支援する。
9.米国政府、産業界、学術界、投資家、市⺠社会の5つのステークホルダーと連携する。
10.戦争のプランニングを進化させる。

少なくとも「4.」、「7.」、「8.」、「9.」にはビッグテックが関与するだろう。
レポートではHMC、HMTおよびAIが核となる技術であらゆる側面で関係してくると書かれており、それらのための技術とネットワーク・インフラは戦略的にきわめて重要とされている。AIやネットワークに規制などして中国の後塵を拝することになるなど論外という主張だ。

全体を通してみても同様の気になる点が次々と浮かんで来る。

・中国のみにフォーカスしており、世界全体の状況を踏まえていない。このレポートにはインドもグローバルサウスも言葉として一度も登場しない。アメリカの最大のライバルが中国だろうと思うが、二国間のパワーバランスだけで話を進めるのはあまりにも偏っている。相手を中国に絞ることで議論を単純にし、各領域で中国の施策への対抗策を提言している。1961年のSpecial Studies Projectのレポートは冷戦時代の米ソ対立を背景にしていたが、今回はそれを模して米中対立を背景にAIへの投資と規制緩和を迫っている。
私見であるが、2023年は1961年とだいぶ違うだろう。中国以外を無視してよいほど物事は単純ではないと思うので、わざとわかりやすく扇情的な内容にしたような気がする。

・アメリカ国内の問題を無視している。レポートでは中国国内の問題を取り上げ、影響工作によって問題を拡大することを提案している箇所がある。繰り返し書いてきたように、アメリカ自身の国内問題もはるかに深刻だ。ここに書かれたことの多くはそのまま対アメリカでも使える。レポートでは「権威主義国」に由来する脆弱性としているが、アメリカには「企業に蝕まれた格差社会」由来の脆弱性がある。

・アメリカ国内および同盟国の本土が戦場となる可能性を意図的に無視している。中国のAI兵器に関する資料でも同様なので、それに合わせているのかもしれないが、AI兵器によって人へのリスクのない戦闘が可能としている。意図的に記述されていないのは、あくまで自国外での戦闘に限られた話だ。台湾で中国とアメリカが自律型兵器を使った戦闘を行った場合、アメリカ人と中国人はほとんど人は死なないだろう。しかし、戦場となった場所では人への被害は避けられない。たとえアメリカ本土であっても攻撃が可能だし、同盟国である日本や韓国は言うまでもなく戦場となり得る。

・中国の戦略支援部隊(SSF)については触れているが、国家安全部(MSS)には触れていない。有事にあってはSSFが一義的に対応するが、平時および有事の初期にはMSSが中心になる。本格的な戦闘に突入した際にはMSSはSSFと連携運用される可能性が高い。
そもそも現時点でアメリカを含む各国が対峙しているサイバー空間の脅威の多くはMSS由来のものだ。戦争を一義的に想定する場合のみ、SSFを主たるターゲットにする意味がある。このレポートは中国との戦争の可能性を意図的に煽っているように見える。

・全体的に中国の施策に対しての対症療法であり、ことさら危険を煽る一方で、多極化する世界への対応については触れられていない。意図的に中国脅威論を盛り上げようとしているように読める。かつてのSpecial Studies Projectのレポートがいまだに非公開であるのに対し、今回のは最初からフルオープンにしているのは安全保障などの専門家以外の世論を刺激する目的があったのかもしれない。

ビッグテックが考えていることは想像できるが、どんどん露骨になって本心を隠さないようになってきているのかもしれない。

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