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『1964年東京ブラックホール』半世紀前となにも変わっていない日本

『1964年東京ブラックホール』(貴志謙介、NHK出版2020年6月27日)を読んだ。1964年とは東京オリンピックの年だ。本書のもとになったのは「NHKスペシャル 東京ブラックホール2 破壊と創造の1964年」で、そこに参加していた著者がその内容をさらに発展させてまとめたものである。

●本書の内容

本書の冒頭で1964年東京オリンピックの記憶は歪められていると指摘する。実は私自身は直接東京オリンピックは体験していないが、その後のことは記憶にあるので、「歪められ」、「美化された」東京オリンピックの記憶を植え付けられることはなかったので、本書で指摘されて、「ああ、そういえばそうかもしれない」と感じた次第である。
東京オリンピックおよび高度成長の時代は、夢や希望に満ちた時代のように語られることが多いようだが、本書は実際になにが起きていたかを莫大な資料とともに描き出す。第一章の「東京地獄めぐり」というタイトルが象徴するように、そのようなものではなかった。Amazonの紹介ページには下記の箇条書きがある。
■都民1000万の糞尿は東京湾沖合に流される
■赤痢、チフス、コレラが流行する疫病都市だった
■生活苦にあえぐ労働者は、みずからの血を売った
■五輪マネーをめぐって汚職が激増。都庁は「腐敗の巣窟」だった
■ヤクザの襲名披露で、自民党副総裁が祝辞を述べた
■少年犯罪は戦後のピークに。中流家庭の子弟が凶悪事件を起こす
■米軍機墜落事故が続発。ベトナム戦争は東京ではじまった
■六本木・赤坂ではスパイが暗躍し、カネと情報が交換された
■五輪閉幕後、戦後最悪の不況が訪れた

この頃、アメリカは日本を反共の砦にするために財閥や戦犯、右翼を復活させ、そこに資金を提供して新しい日本の礎にした。そこで大きな役割を果たしたのが、岸信介や児玉誉士夫などだった。本書ではその経緯を米国で公開された各種資料をもとに解き明かしてゆく。

チャールズ・A・ウィロビー陸軍少将はマッカーサーに対して、731部隊のメンバーを戦犯に問わないよう「アメリカが確保しなければ彼らの研究誌かはソ連にわたってしまう」と進言し、同部隊のメンバーは大学総長、各大学の医学部長、国立予防衛生研究所(現、国立感染症研究所)所長、製薬会社の経営者などに転身した。そのおかげで日本で輸血を受けた患者の50%以上が肝炎(輸血によって発症するもの)を発症していた。当時、日本で襲撃を受け、一命を取り留めたライシャワー大使は輸血を受けたために肝炎を発症した。

1950年代から1960年代にかけてCIAが自民党を買収していたことも紹介されており、そのもととなった記事のひとつはいまでも閲覧できた。
C.I.A. Spent Millions to Support Japanese Right in 50's and 60's(New York Times, 1994年10月9日、https://www.nytimes.com/1994/10/09/world/cia-spent-millions-to-support-japanese-right-in-50-s-and-60-s.html)
その後、アメリカ国務省の資料も公開され、CIAがおこなった秘密工作の内容もだいぶわかった。総額500億円以上、4人の大統領にまたがる長期傀儡政治である。

高度成長とは日本人の勤勉さや努力がもたらしたものという錯覚も多いようだが、ひとつには反共の砦とするために民主化よりも経済復興を優先し、資金と技術を提供し、重化学工業を振興させ、アメリカの軍需産業と連携させた。
そこに朝鮮戦争とヴェトナム戦争というふたつの大きな戦争が起こり、軍需景気およびアメリカ不在の市場で日本は奇跡的な経済成長をとげる。もちろん、日本も無傷ではなく、基地周辺の住民は爆音に悩まされ、米軍機が17回墜落し、多数が死傷した。

といったブラックホールとなっている日本の記憶が掘り起こされてゆく。かなりたくさんのことが書かれており、さらにひとつひとつが重い。ここで紹介しきれないので、興味を持った方はぜひ読んでいただきたい。

また、本書は繰り返し、1964年のオリンピックと今回のオリンピックが双生児のように似ていると述べている。
たとえば、東京一極集中、格差拡大、貧困の放置、非正規労働者の搾取、低賃金、長時間労働、女性の地位の低さ、ブラック企業、一人当たりGDPの低さ、住宅難、衝動的な凶悪犯罪、自民党の一党支配、政治家の閨閥、ナショナリズム復活、自殺率の高さ、新たな宗教の隆盛、汚職、政官財の隠蔽体質、地方崩壊、五輪に便乗するメディア、旧態依然の記者クラブ、米軍基地をめぐる問題、疫病の蔓延などなどだ。
著者は最後に、「つねに犠牲を必要とする社会のシステム」と形容している。

















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