『歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方』(山崎雅弘、集英社新書、2019年5月17日)。歴史戦がわからないので本を読むことにした
『歴史戦と思想戦 ――歴史問題の読み解き方』(山崎雅弘、集英社新書、2019年5月17日)を読んだ。それが正しいかどうかは別として、歴史戦というものがなにかを明言してくれていた。
本書によれば歴史戦とは、「大日本帝国の一員としての自己のアイデンティティを持つ人々が、当時の価値観や思想体系に基づいて過去の日本の行いを正当化しようとする試みであり、結果として大日本帝国当時に行われていた思想戦と同じく原初的かつ効果的でなかったことを繰り返している」ということになる。
いっしょくたに日本と呼んでいるが、実際には戦前と戦中のごく一時期に存在した大日本帝国と、戦後の日本、それと通史での日本を混在させて論旨を展開しているところに歴史戦論者のトリックがある。戦前と戦中のごく一時期に存在した大日本帝国が誤った国策を行い、失敗した。それは恥ずべきことだが、戦後の日本は新しく生まれ変わったのだから誤りを認めて正し、新しい日本としての価値観を育んでいけばよいというのもわかりやすかった。
本書の前半は前回読んだ『歴史戦 朝日新聞が世界にまいた「慰安婦」の嘘を討つ』(阿比留瑠比 その他、産経新聞社、2014年10月17日)の検証になっている。個々の事例を取り上げて、問題となる点を指摘している。そして後半はケント・ギルバートなどを始めとする歴史戦の論客の主張を取り上げ、問題点を暴いている。
全体を通して、共通して使われているトリックを暴き、共通して利用されている誤った認識を正している。たとえばよく使われているトリックは数字や一部の証言に問題があった場合、全体を否定する材料にするトリックだ。慰安婦の全体人数や、南京大虐殺の人数を確認できる証拠がなく、信憑性に乏しいとしても人数が変わるだけでそういうことが行われたことの否定にはならないのだが、人数に信憑性がないから全部信用できないとするトリックだ。
共通して利用されているものにはWGIP(ウォーギルドインフォメーションプログラム)がある。これはGHQが戦後の日本人に対して行った教育プログラムで、歴史戦の論客たちは自虐史観を植え付けた洗脳に他ならないとしている。しかし、研究者によると、戦時中の誤った情報とは違う事実を伝えることと、戦争を主導した一部の日本人に責任があり、多くの日本人はだまされていたという内容だったらしい。
そもそもアメリカがマインド。コントロールに長けているなら、日本以外の国で失敗を繰り返しているのはおかしい、という指摘は確かにその通りだ。
戦時中の思想戦の内容や、歴史戦の論客の著作や発言を知ることができたのは参考になった。
とても参考になったのだが、気になった点もある。ドイツと日本の違いのひとつには、戦後ドイツはドイツ人の手でドイツ人の戦争犯罪者を裁いたことがあると思う。戦後20年も経ってからである。なぜ、そんなに時間がかかったかというと、連合軍はナチ残党をあえて政府機関や財界の中枢に残しておいた。その方が操りやすいからだ。ナチ残党が裁かれずに残っていることで、ドイツ国内でも戦争中なにが起きていたか共有されていなかった。たとえばアウシュビッツで起きたことは知られていなかった。それを公にしようとしても政府中枢にナチ残党が圧力をかけてくる。およそ20年経ってやっとナチ残党を裁くための裁判が行われ、そこでアウシュビッツを始めとするさまざまな問題が明らかになった。いわゆるフランクフルト・アウシュビッツ裁判だ。
日本も同じように連合国の都合で政府および財界の中枢に戦争に加担した人々が多数残っていたのではないだろうか? もし、戦後、日本人が日本人の手で戦争犯罪者を裁く裁判を行っていれば日本はだいぶ変わっていただろう。それができなかったこと、ドイツで起きたことを知りながら問題提示を怠ったツケは大きい。
私はよく言うのだが、ほとんど故人になってしまったので、架空の裁判になるが、今からでも裁判をしてみたらどうなるだろう? おそらく戦後すぐに有罪となっていたら子孫が政治家や財界にいなかっただろう人は少なくない。シミュレーションでいいから、誰かやってくれないかと思うのだが、他力本願すぎて実現していない。
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