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ブックログ:「少年と犬」馳星周

※ネタバレを含みます。未読の方はお気をつけください。

「不夜城」は救いの無いノワールでした。
J・エルロイがアメリカ文学の狂犬なら馳星周は日本文学の新しい狂犬だと思ったものです。
それがこんな救いのあるラストシーンを描くなんて…
とはいえ、その途上のストーリーでは無慈悲ならしさも垣間見せます

犬はもともと多聞という名前です
その時々で違う名前を付けられますが、ここでは犬=多聞と表記します。多聞という名前がストーリー上とても重要なのです

男と犬
ストーリーは東北からスタートします
東日本大震災の復興地、仙台で男と多聞が出会います。男は家庭の事情から仕方なく違法行為に手を染め、結果命を落とします。

違法行為は窃盗です。男は窃盗団の運転手を務め、逃走の途上で事故死します。多聞は窃盗団の男に「幸運の犬」として連れて行かれます

泥棒と犬
窃盗団は東南アジア出身の外国人でした
リーダー格の男は、多聞の聡明さを見抜き行動を共にします。男は窃盗団の胴元を出し抜き逃走しようと目論みます。
航路で国外逃亡する手配をした男と共に、多聞は新潟へ向かいます
しかし男の行動は胴元に筒抜けであり、結局新潟で命を落とします。多聞は逃され西に向かいます。西に向かう理由は最後にわかります。

夫婦と犬

新潟から富山に移動した多聞はとある夫婦と出会います。
夫の奔放な(無計画な)生活を快く思っていない妻。山に心を奪われ好き勝手に生きる夫。すれ違いがちな夫婦のもとで多聞は夫婦の架け橋となっていました。
しかし夫は山で登山中に命を落とし、多聞はそのまま行方不明に。

娼婦と犬
次に姿を現したのは滋賀県。ヒモの男のために体を売る女性の救いとなる多聞。逃げ場のない閉塞感を多聞が癒してくれました。
そんな中とあるきっかけで女はヒモの男を殺害し、逃亡する途中に多聞は逃されます。ここでは明確にどうなったかの表現はされていないが恐らくは…

老人と犬
多聞は滋賀から島根へ。島根で亡くなった妻と同じ癌を患った年老いた猟師と出会います。
妻は闘病の末、病院で亡くなります。家に帰りたい、と訴えながら。
そして猟師は、治療を拒み家で1人で死ぬ事を決めますが…
猟師は手負いの熊を撃ちに行くのに多聞と連れ立って行くも、他の猟師に熊と誤射されて絶命します。

あれ?ここまで全員死んでるのではw

少年と犬
だが最後の熊本で、多聞は遥々東北から追いかけてきた少年・光とようやく再会します。

光は震災の影響で喋ることも笑うことも出来なくなっていました。しかし多聞と過ごすうちにどんどん回復していく光。言葉を話し、笑顔を見せるように。だがそんな幸せを再び掴みかけた家族を、不幸にもまた地震が襲います。

読者は多聞と光は実はお互いがもっと小さい時に出会っていたこと、相思相愛だったことをふとしたきっかけで知ることとなります。

多聞は光に会うために東北から熊本まで旅をし、そして光を守って命を落とします。

ラストの光の台詞「多聞、いるんだ。ここに」でもうダメでした…

少年も犬も、無償の愛を与えてくれる題材であり、その時点で「ずるいぞ!」とは思うものの多聞のその一途な思いと、少年の心の傷からの回復が暖かく胸を満たしてくれました。

全般を通して、社会の厳しさ、夫婦や人間関係の難しさから何かしらの生きづらさを抱えた人々が登場します。そして一様に多聞がそっと寄り添って生きる希望になったり、支えになるのです。どうにもならない閉塞感の中で、多聞は救いの象徴なのですね。
ただしそういう閉塞感をありのままに描くあたり馳星周らしいなあとは感じました。

私自身は犬を飼った経験はありませんが、涙腺崩壊でした。これ、犬飼ってる人だったらどうなるんでしょうか。

随分長く馳星周の著作は読んでいませんでしたが、直木賞受賞にふさわしい作品だったと思います。ではまた。




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