ロンドンでの忙しさについて語ろう。

朝もやの中、私はゆっくりと目を開けた。窓から差し込む柔らかな光が、部屋の中を優しく包み込んでいる。ベッドから身を起こし、深呼吸をしながら、今日一日の計画を頭の中で整理する。しかし、その思考はすぐに霧散してしまった。

「頭は使われてしまうものだ」という言葉が、ふと脳裏をよぎる。確かに、日々の業務や人間関係、そして自分自身との対話に、私の頭はほとんど休む暇もなく働き続けている。しかし、本当に大切なのは、この頭を自ら握り、意識的に使っていくことだ。

私は立ち上がり、窓を開ける。ノッティングヒルの街並みが、朝靄の中にぼんやりと浮かび上がる。アーンドル・スクエアの木々が、微かな風に揺れている。この光景を眺めながら、私は自分の思考プロセスを意識的に観察し始める。

メモリ。そう、私が常に意識しているのはメモリだ。人間の脳を、まるでコンピューターのように扱うのは少々乱暴かもしれない。しかし、この比喩は私の内なる働きを理解する上で、とても有効だ。

120%のフル稼働。それは確かに生産的に思えるかもしれない。しかし、そんな状態を維持し続ければ、必ずオーバーヒートを起こすだろう。私は以前、そんな状態に陥ったことがある。締め切りに追われ、休む間もなく仕事を続けた結果、完全に燃え尽きてしまったのだ。

しかし、かといって休みの日にも頭を働かせ続けていては、一体いつメモリを休ませるというのだろう。バランスが必要だ。そう、1日の中で細切れの時間でメモリを休ませる。これが鍵なのかもしれない。

私はキッチンに向かい、お湯を沸かし始める。紅茶の香りが部屋に広がる中、私は自分の一日のスケジュールを見直す。会議、執筆、編集作業。それぞれの合間に、短い休憩を入れよう。目を閉じ、深呼吸をし、頭の中を空っぽにする時間。たった5分でも、その効果は絶大だろう。

窓の外では、人々が忙しなく行き交い始めている。彼らもまた、自分なりの方法で、日々の喧騒の中でバランスを取ろうとしているのだろう。

紅茶を飲みながら、私は自分の思考をさらに深める。メモリの休息。それは単に何も考えないことではない。むしろ、意識的に自分の思考をリセットし、新たな視点を取り入れる機会なのだ。

そう、これこそが「自らハンドルを握って使う」ということなのかもしれない。自分の頭を、ただの反応機械ではなく、意識的にコントロールできる道具として扱うこと。それは簡単なことではない。しかし、その努力こそが、真の創造性と生産性を生み出す源となるのだ。

私は立ち上がり、デスクに向かう。今日も、この頭を最大限に、そして賢明に使っていこう。しかし同時に、適切な休息を与えることも忘れずに。そうすることで、私の思考は常に新鮮で、柔軟なままでいられるはずだ。

外の喧騒が徐々に大きくなる中、私は深呼吸をし、一日の始まりを告げるかのように、静かにラップトップを開いた。

Atogaki

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はじめまして、Ichiです。ロンドンを拠点に活動するフリーランスのライターです。日常の小さな発見や、文化の狭間で感じる思いを言葉にすること…

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