とりとめもないこと

霞んだ窓ガラスに指で円を描く。ロンドンの雨は、いつも私の内なる世界と外の現実を曖昧にする。今日も、存在と非存在の境界線上で揺れている。

カフェ「The Rosemary Garden」の窓際の席。いつもの丸テーブル。コーヒーの香りと、ページをめくる音。そして、雨音。全てが溶け合い、新たな感覚を生み出す。

「見えてきた世界の解像度を高めていく」―私の指先が、湿った空気を切り裂く。かつて、それが全てだと思っていた。より鮮明に、より正確に。でも今、その努力が空しく感じられる。

目の前のノートパソコンの画面。半分まで書いた記事が、私を見つめ返す。「新たな視点で自動車産業の未来を語る」―そんなタイトル。でも、その言葉たちは、もはや意味をなさない。

「何も見えていない」―その認識が、突如として私を襲う。解像度を上げれば上げるほど、本質から遠ざかっているような。パラドックスだ。見ようとすればするほど、見えなくなる。

カップを持ち上げる。エスプレッソの苦みが舌を刺す。この味こそが、今この瞬間の現実だ。それとも、これも幻想なのか。

隣のテーブルで、若いカップルが笑い合っている。彼らの存在が、私の非存在を際立たせる。あるいは、私の存在が彼らの非存在を創り出しているのか。

ふと、窓の外に目をやる。雨粒が、重力に逆らうように上昇していく錯覚。時間が逆行しているかのよう。過去と未来が、この一瞬に凝縮される。

「自分なりにスタートし始めた」―その言葉が、心の中で反響する。でも、どこへ向かっているのか。目的地のない旅。それとも、旅そのものが目的なのか。

キーボードに指を置く。打ち込もうとする言葉が、まだ形をなさない。「大量の体験を飲み込むように欲している」―その感覚が、喉元をざわつかせる。

カフェの喧騒と静寂が、同時に存在する。矛盾した現実。でも、それこそが真実なのかもしれない。一つの答えではなく、無限の可能性。

「自分で自分を理解しようと努めている」―その試みは、量子の世界に似ている。観測しようとした瞬間に、状態が変化する。自己理解は、永遠に完結しない物語。

雨が止む。陽光が差し込み、水滴が虹色に輝く。この瞬間、全てが繋がっているように感じる。自分と世界、過去と未来、存在と非存在。

立ち上がる。レジに向かう足取りが、不確かさと確信に満ちている。払いを済ませ、ドアを開ける。

外の空気が、新鮮な可能性を運んでくる。歩き出す。どこへ向かうのか分からない。でも、それでいい。

理解しようとすることをやめた瞬間、全てが鮮明に見えてくる。矛盾したままの世界。それを受け入れることが、新たな始まり。

ポートベロー・ロードを歩きながら、心の中で呟く。「全ては繋がっている。そして、何も繋がっていない。」

この認識が、新たな世界の扉を開く。そして私は、その閾を越えていく。​​​​​​​​​​​​​​​​

Atogaki

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はじめまして、Ichiです。ロンドンを拠点に活動するフリーランスのライターです。日常の小さな発見や、文化の狭間で感じる思いを言葉にすること…

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