脱皮

まるで自分の体が異物のように感じる。鏡に映る顔は確かに私のものなのに、どこか他人のような気がしてならない。ロンドンの朝もやが窓ガラスに結露し、その向こうに広がる街並みさえも、いつもと違って見える。

「アクティブになろうとしている自分がいる」そう思った瞬間、別の私が頭をもたげる。その私は冷静に状況を分析しようとする。まるで量子状態の重ね合わせのように、相反する自己が共存している。アクティブな自分と、それを観察する自分。どちらも確かに私なのだ。

昨夜の雨で鏡面のようになったポートベロー・ロードを歩きながら、この奇妙な感覚の正体を探ろうとする。路上のパドルに映る空の青さが、いつもより鮮やかに感じられる。その青さに吸い込まれそうになりながら、ふと気づく。この変化は決して悪いものではないのかもしれない。

カフェ「The Rosemary Garden」に足を踏み入れると、挽きたてのコーヒーの香りが私を包み込む。いつもの席に座り、ラテを注文する。カウンターの向こうでバリスタが丁寧にミルクを注ぐ様子を見つめながら、心の中で葛藤が続く。アクティブになることへの期待と、変化への不安が交錯する。

ラテのカップを手に取り、ゆっくりと一口飲む。舌の上で広がる苦みと甘みのハーモニーが、私の意識を現在の瞬間に引き戻す。そう、今この瞬間に集中すればいい。未来への期待も不安も、結局はこの瞬間から生まれるのだから。

窓の外を見やると、通りを行き交う人々の姿が目に入る。彼らもきっと、それぞれの内なる葛藤を抱えているのだろう。そう思うと、妙な連帯感を覚える。私たちは皆、この瞬間を、この場所を共有している。それぞれが量子的な可能性の束なのだ。

ラテを飲み終え、カフェを後にする頃には、朝もやが晴れ始めていた。ポートベロー・ロードは活気を帯び始め、マーケットの準備をする人々の声が聞こえてくる。私は深呼吸をし、この変化を受け入れることを決意する。

アクティブになろうとしている自分。それを観察する自分。そして、その両者を包含する新たな自分。これらの全てが私なのだと受け入れた瞬間、不思議な解放感が訪れる。まるで、量子状態の重ね合わせが一瞬にして収束したかのように。

帰り道、いつもの古書店「Portobello Books」に立ち寄る。棚をぼんやりと眺めていると、一冊の本が目に留まる。タイトルは「The Quantum Self」。思わず手に取り、ページをめくる。そこには、私が今まさに経験していることが、科学的な言葉で綴られていた。

本を買い求め、家路につく。アパートに戻ると、Nakajimaが甘えるように足元にすり寄ってくる。彼の毛並みを撫でながら、今日の体験を噛みしめる。変化は確かに訪れている。そして、それは決して悪いものではない。

しかし、現実はいつも複雑だ。仕事が忙しくなるこの時期に、こんな内的な変化が訪れるなんて。デスクに向かい、pending中の原稿を眺める。締め切りが迫っているのを感じつつ、新たな自分との対話を続ける。

変化を恐れず、しかし現実と向き合う。その狭間でバランスを取ること。それが今の私の課題なのだと悟る。窓の外では、ロンドンの街が、いつもと変わらぬ日常を紡いでいく。その中で、私は新たな自分との共生を始めたのだ。

Atogaki

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はじめまして、Ichiです。ロンドンを拠点に活動するフリーランスのライターです。日常の小さな発見や、文化の狭間で感じる思いを言葉にすること…

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