忙しい。

忙しい。マジで忙しい。

この言葉が、まるで潮の満ち引きのように、私の意識の中を行ったり来たりしている。ロンドンの喧騒が窓越しに聞こえる中、私は机に向かい、キーボードに手を置いたまま、画面を見つめている。締め切りまであと3時間。でも、言葉が出てこない。

「忙しい。マジで忙しい。」

そう、忙しい。だからこそ、今この瞬間に立ち止まる必要がある。深呼吸をして、目を閉じる。窓から差し込む陽光が、閉じた瞼を通して赤く染まる。その瞬間、時間が止まったかのように感じる。

ふと目を開けると、机の上に置いたグラノーラの器が目に入る。朝食の残りだ。蜂蜜の甘い香りが鼻をくすぐる。その隣には、半分ほど飲みかけのラテが冷めていく。泡立てたミルクの表面に、小さな島のような模様ができている。

「忙しい」という言葉の意味を考える。Be occupied。占領されている状態。何に占領されているのだろう? 締め切り? 期待? それとも自分自身の不安か?

ふと、窓の外に目をやる。アーンドル・スクエアの緑が、穏やかな風に揺れている。木々の間を縫うように、一羽の鳥が飛んでいく。自由だ。

机に戻ると、祖父の形見の銀製懐中時計が目に入る。カチカチと秒を刻む音が、静かな部屋に響く。時間は流れている。でも、その流れに身を任せることはできない。

深呼吸をもう一度。今度は、胸に広がる酸素の感覚に集中する。体の中で、新しいエネルギーが生まれていくのを感じる。

キーボードに指を置く。今度は、言葉が自然に流れ出す。

「忙しさの中に、静寂を見出す。それが、ロンドンでの私の日常だ。」

この一文を書いた瞬間、何かが変わる。忙しさは消えないが、それを見つめる自分の視点が変わる。占領されているのではない。自分で選んだ道なのだ。

窓の外では、雲が流れていく。その動きに合わせるように、アイデアが次々と浮かんでくる。キーボードを叩く音が心地よい。

ふと気づくと、グラスに注いだウイスキーが、夕暮れの光を受けて琥珀色に輝いている。いつの間にか、日が暮れかけていた。締め切りはとうに過ぎている。でも、気にならない。

今、この瞬間がすべてだ。忙しさの中に見出した静寂が、新たな創造性を生み出している。

ラテの冷めた残りを一口飲む。苦みと甘みが、複雑に絡み合う。ちょうど、人生のように。

忙しい。でも、それでいい。この忙しさの中に、自分の存在意義がある。キーボードを打つ指が止まることはない。言葉が、思考が、感情が、すべてが溢れ出す。

そして気づく。「忙しい」は、「生きている」の別の表現なのかもしれないと。

窓の外では、ロンドンの夜が静かに更けていく。私は、この瞬間を、この存在を、深く噛みしめながら、また新たな言葉を紡ぎ始める。​​​​​​​​​​​​​​​​

Atogaki

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はじめまして、Ichiです。ロンドンを拠点に活動するフリーランスのライターです。日常の小さな発見や、文化の狭間で感じる思いを言葉にすること…

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