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周りの人達への思いやりとして、私は我慢をやめてみた。



「君は、あまりにも自分より他人のことに心を傾けすぎている。

それは君の美学かもしれないけれど、僕にとっては残酷なことなんだよ」

もう10年ほど昔だろうか
会社から社宅までの帰り道、職場の人間関係の悩みに押し潰されて泣きながら歩いていたら、当時付き合っていた彼が社宅の前に立っていた。

とても寒い12月の夜。
帰宅時刻は伝えていない。
一体いつから待っていたのだろう。


[少し心の調子がよくなくて、迷惑をかけてしまいそうなので、しばらく会えません]

私が昨夜送ったメール画面を私に見せながら、彼はゆっくりと低いトーンで悲しい気持ちを伝えてきた。



残酷なこと?


私は、良かれと思って

あなたのためを思って

我慢しているのに

それが、あなたを悲しませるの?




最初は理解できなかった。

自分の機嫌は自分でとるべきだし
自分の不調は自分で調整すべきだし
それを他人に見せるのはいけないことだと
私は信じて疑わなかった。


しかし、
彼は全く正反対の生き方をしていた。
辛いときは辛いと
悲しいときは悲しいと
休みたいときは休みたいと

きちんと言葉にして周りに伝えていた。

そして、不思議と伝えられた側も皆まったく嫌な顔をせず、[それなら今回はこうしよう]と調整して全員が快適なまま物事がうまく回っていた。


衝撃だった。


なんということ。


我慢は美徳じゃない。

何故そんなに自分の[明]だけでなく[暗]を表に出せるの?

不思議でたまらず、思いきって彼に聞いてみた。


「同じ環境で一緒に過ごす人達への礼儀だよ」

礼儀?自分の不調を我慢せず見せることのどこが礼儀なのだろう。

「人の体も心も、必ず波がある。沈んでいる人には無理させたくないし、自分も無理したくない。その分のカバーは沈んでいないときにすればいい。ただ、その浮き沈みは他人からとても見えにくい。お互いに見えにくいものを、言葉で伝えて見えやすくしてあげるのは、必要最低限の礼節になると、僕は思うよ」


見えにくいものを、
見えやすくしてあげる。


なるほど


私の我慢は

見えにくいものを
よりいっそう見えにくくしていたのか。


彼に教わった次の日から、私は少しずつ我慢をやめることを意識し始めた。


我慢をやめるということは、

我が儘になるということではない。


同じ環境にいる人たちと
お互いの快適さを調整するため
見えにくいものを、見えやすくしてあげる。

最初はなかなか我慢する癖が抜けず難しかったが、少しずつ、自分の心の声を、体の声を、自分の外側へ向けて言葉で表現できるようになってきた。



彼と居る時は、

嬉しい 楽しい

[明]の私だけでなく、

今日はなんだか頭が痛い
お腹が痛い
気分がよくない
あの出来事に傷ついた

[暗]の私もちゃんと伝えるように意識した。



彼に嫌われないかと最初は不安だったけれど、嫌われるどころか彼は嬉しそうにニコニコしながら「伝えてくれてありがとう。嬉しいよ」と褒めてくれた。


そうすると、職場でも変化が出てきた。


「最初は何考えてるかよく分からなくて取っ付きにくいと思ってたけど、最近なんだか人間臭くていいね」
と言われるようになり、徐々に人間関係の悩みが薄らいできた。

キッチンの棚に大量にストックしていた頭痛薬も、胃薬も、吐き気止めも、睡眠改善薬も、生理前のホルモンバランスを整えるサプリメントも、飲まなくても休めるという安心感から少しずつ使う頻度が下がり、やがて1つのポーチに収まるようになった。




ずっと、私は周りの人達に迷惑をかけない為に我慢していたと思っていた。

しかし、本当は([暗]の私を見せて嫌われたくない)という欲求の為に、ただでさえ見えにくいものをひた隠しにして、よりいっそう見えにくくしていたのだった。



自分の我慢をやめてみたら、今度は周りの我慢が気になるようになってきた。


この人は今、何かを我慢しているのではないだろうか

なんとなく辛そうだけど、どうフォローしてあげたらいいか分からない

大切な人なのに、力になれなくてもどかしい




なるほど

我慢を外側から見ると、こんなにも労力を使わせてしまうのか。

そして、こんなにも悲しいものなのか。

あの時、彼が言った「残酷」の意味が、少しずつ分かってきた。




〈我慢は美徳〉

私の心にべったりとこびりついていた言葉は、彼のおかげでゆっくりと剥がれ落ちた。


〈今まで[我慢]に費やしてきた分のパワーを、今度は[見えにくいものを見えやすくする思いやり]に費やしていこう〉

少し長くなった新たなスローガンが、私の心に刻まれた。





よく笑い よく泣き
朝目が覚めた瞬間から
夜まぶたが落ちる1秒前まで
たくさんおしゃべりをして
喜怒哀楽を全力で表現して毎日を元気いっぱい生きている娘を前に、

そんな昔話を夫にしてみたら

「…なんの話?」なんてとぼけながらニコニコと笑っていた。


あなたの娘はあなたにそっくりよって話



笑い合う私達を見て
娘もニコニコしながらパチパチと拍手してくれた。



私を我慢から解放してくれて

こんなにも温かな空間に包んでくれて

本当に
ありがとう

#我慢に代わる私の選択肢


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